あきママの雑記帳

すいぶるクラブ番外編

どうせ盗むなら…

姑が亡くなって、しばらくしてから私は昔やっていた和裁を再開していました。
専門に縫っている人の家に通って、チマチマ着物を縫っていたんです。
そこに居た縫い子さんの一人が
「あ〜あ、またジイジが私のこと泥棒やって言うんだよ。」
と言うのです。
こちらは本格的に認知症らしく、かなり苦労されている様子でした。

「ところで、何を盗んだと言うの?」と聞いたら
「葬式のときに付ける喪章!(黒い腕章)」ですって!?
…そんなもん盗んだって…どうせならもっと豪華なもの盗られたって言えよ…。
彼女はもう慣れっこになっていたけど、私のボケとの遭遇第2弾は意外とみみっちい盗みの話でした。
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両隣のおばあちゃん

以前、我が家の両隣には似たような年齢のおばあちゃんが居りました。

ある日スーパーへ行って傘が無くなった右のおばあちゃんは、その時左のおばあちゃんが居たから
「あの人が私の傘を盗んだ!」
と決め付け、残っていた自分の傘とよく似たのを持ってきて、左の家に怒鳴り込みに行った。
「これがあんたの傘やろう!?」と玄関に置いて行ったのだ。
そして我が家にやってきてその顛末を話して去っていったのですが、おかしいのは明らか。
当然左のおばあちゃんは何がなんやら訳が分からずキョトンとしていました。
仕方がないので
「なんか勘違いされているようですよ」
と説明して、その傘をスーパーに戻しに行くよう告げた。

これもぼけてはいないんですが、簡単な思い込みってやつですよね。
冷静に考えれば当たり前の事が、ある時分からなくなる…その年齢までは生きないような気がするので、心配はしないでおこうっと。
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姑の記憶

誰かがぼけたかな?と前の項で書いてから、ちょっと思い出すことがいくつかあった。

ボケなんて言葉は、現在使っちゃいけないのかな?
認知症とか言うんだね。

まあ私のぼけとの最初の接触は、姑である。
私が25歳で嫁いだ時、姑は73歳でその上病気をしていたので軽く80歳には見えた。
(まるでおばあちゃんと孫でした。)
結納が済んだとたん入院して、介護の新婚生活が待っているのは見え見えで、母が「結納なんか返してしまえ」と言うのに普通に結婚しました。
うん、若かったし夫になる人を愛していたんですね、きっと。

その苦難の新婚生活の話はまた別の機会に書くとして、実家に年寄りも居なかった私は、未知の世界に飛び込んで行ったわけです。

さて姑は肝臓が悪く、なんとそれが看病中に頭の方に来ちゃったのです。
それは肝性脳症といって、普通緩やかなカーブを描くように認知症が進行するのと違い、突然訪れるのです。
不思議なことを言い出すのですが、一度も一緒に生活をしたことのない私には過去に何があったかも分からないから
「何でこんなこと言うの?」の毎日でした。
それが結構可愛くて、今度は何を言い出すか怖いような楽しみなような毎日でした。

結婚式から半年も経たぬうち、姑は亡くなりましたが、最後には義姉にまで私の名前を呼んでいたそうですから、頑張った甲斐があったというものです。
まだ半世紀生きていない私だけれど、この先もあんなに頑張ることなんてないだろうなぁと思います。
人生でただ一つ、誇れる私の実績です。
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