裕福に見える?2007-11-29 Thu 14:03 先日町会の餅つきのお手伝いに行って、私は仲間じゃないなぁ〜という意識満載で帰ってきました。 ここは町会の中を大きな道路の交差点が分断しています。 たまたま町会の用事には何をするにも都合が悪い場所に住んでいます。 それで、ちょっと疎遠な部分はあった。 そして子供達が通った幼稚園も、この町会だけ同級生が居ないということもあって母親のネットワークに私だけ入っていない。 小学校は同じでも、なんとなく私だけ金持ちでもないのにそんなイメージで嫌味を言われてしまうのにも我慢ならない。 別に私が働いていないのは病気の事があったからで、裕福でない分外食をしなかったり、子供にはゲームを買わなかったりした。 そりゃあスキーは存分にさせたが、よくある家族旅行と言うのは皆無だ。 夏休みは長野でキャンプをした以外は、千葉の親戚宅に転がり込んでディズニーランドに行っただけで、他は日本の何処にも行っていない。 一度だけ、金沢発7万円と言う破格のラスベガス旅行に家族で行ったが、これが最初で最後の家族旅行になりそうだ。 高級ブランドの服も着ていないし、我が家にはヴィトンもないぞ!? …まあ、食べるのは何とかなっているので痩せてはいない…これは認める。 じゃあ主婦の私が軽自動車でないのも、おかしいのか? 初めてやった餅つきの手返しは、リズム感を競うスポーツのようで楽しかったし上手いと誉められた。 トランポリンで鍛えた体は、翌日ちっとも痛くはなかった。 「また来年頼むね〜!」 と言われたが、絶対行かないよ。 |
40歳代最後の日2007-11-27 Tue 17:56 明日、50回目のお誕生日です。 有給休暇消化の為、お休みを取っていた娘と40歳代最後の日を京都で優雅に過ごす予定が、昨日すいぶるクラブに行ってルドルフで空中分解して負傷…そのまま午後は花園接骨院へ。 私も右足首が痛くて堪らなかったので、ちょうど良い機会でした。 今朝起きてはみたが、やはり左手に力が入らないとかでフラフラと過ごしていました。 福井オープンに向けて練習していましたが、出場断念して審判デビューとなるかもしれません。 あんまり「50歳だ!」と大騒ぎしなくても良いのですが、 「え、そんな年齢には見えませんよ」 と言って欲しくて言っているのです、きっと。 スポレクやシンクロでけっこうアホなことやってるから、そんな意味では若く見えるかもしれませんが…。 思いっきり落ち着きのない50歳で行こうと、更に決意の固い私であります。 ちなみに夫とは10年間で半年だけ同じ50歳代です。 おお、あっちは還暦だぁ! |
珠洲シンクロ2007 その142007-11-26 Mon 01:48 カルテットが多かったせいか、終わるのも例年より遅くなった。 表彰式を終え、皆帰り支度をする。 ゆうべの宴会もそうだが、りんくんが本当にまめに動いてくれてとても助かる。 荷物もドンドン運んでくれるし、ちょっと重そうなバッグを持っているとさっと取ってしまう。 私はこんなに気が付く男性には、今まで逢ったことがない。 他にもアレンテには良い人ばかりで居心地が良い。 私はすいぶるクラブの所属だが、ここのママは続けて行きたい。 (若い衆が邪魔だといわなければね) 帰路も喫煙車・禁煙車の2台に分乗し能登有料道路を走る。 全国スポレクもそうだったが、若い子たちと行くと楽しいし、車に乗せてもらえると一応私は病人なので疲れが少なくて本当に助かる。 娘と2人で来ると 「私は特攻隊だから、帰りは運転しない」 と宣言して、横で平気で寝てしまう。 こうなると慣れない暗い道を孤独に走るのだから、たまったもんじゃない。 過去、トーナメントが能登島であった時も、帰りは必ず眠られてしまった。 2時間後「TCアレンテ専用駐車場」別名「*☆産■○ン▲◎駐車場」に到着、そのままお向かいのイタリアンレストランになだれ込む。 とってもお洒落なお店にジャージの団体で行くのは気が引けたが、それは仕方ない…ごめんね、先客さま。 美味しくいただいて、家の前まで車をつけてもらう。 凄い荷物!!! 数日大変でした。 |
珠洲シンクロ2007 その132007-11-25 Sun 11:52 気になる男子。 たっちー&TADさんペアはタックバックを入れての挑戦だったが中断で8位。 たぁ坊&りゅうのすけペアは見事に津幡のペアを破って優勝♪ 昨日中断したりんくん&ジャグラー268ペアは、今日はきっちりと決めたが9位。 さあカルテットだが、勝ち狙いのみっちょ・たぁ坊・ミホちゃん・りゅうのすけ組は59位。 こっちも気持ちは勝ち狙いのあっこちゃん・TAD・ろん・たっちー組は、「1・2・3」の掛け声の直後にTADさんが「ストップ」をかけて中断。 TADさん〜!!! 絶対昨日のお酒だな…来年は縛り付けて、目の前にお酒をぶら下げて飲ませないと言うお仕置きをしよう。 私は城東の子が直前に「出ない!」と言い出して、代わりに出る覚悟までしていたがなんとか気を取り直してくれて、出なくて澄んだ。 ちょっと気持ちが後ろ向きになってしまう傾向の子だけど、去年も仲間が引っ張ってここまで来ていたのだ。 そしたら今度は掛け声が聞こえなくて中断…また泣いている。 これでトランポリンをやめるなんて言わないでしょうね…楽しむ為のトランポリンなんだから。 急遽組んだ城東とHOPのカルテットも失敗していた。 「カルテットで、そう真剣にならないで〜!」と言いたいが、やはり参加したからには良い成績が欲しいよね…私も昔、カルテットで1人だけ反対を向いてしまった前科があるのでした…あああ封印したい過去だ。 |
珠洲シンクロ2007 その122007-11-25 Sun 11:51 一般男女はA台B台が同じ時間帯にするので、男子も気になるがそうそう見ても居られない。 娘達のえりちゃん&あっこちゃんペアは昨日より点数を伸ばしたが、追いつかず3位どまり。 これは本当に残念だ。 昨日のビデオを持ち込んで「これでこの点数か!」と詰め寄りたいが、仕方ない。 私とF先生の最高齢ペアも昨日より点数は上がったが、娘達に追いつくはずもなく4位。 「加齢臭ならぬ加齢点を加算してくれ」と言っても誰も聞いてはくれぬな。 みっちょ&ミホちゃんは5位。 しかし、どう考えても私の演技は良くない。 これってやはりF先生のネームバリューで私の点数が引き揚げられているんだと思う。 上手い人と一緒並んでに跳んでりゃあ、相方も少しは上手く見えるよなぁ。 今回、本当に練習が出来なくて心配していた。 「愛の力で頑張ろう♪」なんて笑ってごまかしていたが、やはり長年の感覚で修正すべきところはお互い分かっていてやりやすい。 なによりF先生から相方になることを求められているのは恐縮するが嬉しいことである。 私は来年も頑張らねばならない。 |
珠洲シンクロ2007 その112007-11-25 Sun 11:50 例年は一般男女が終わってから混合なのだが、今年は混合が先になった。 たっちーと我が娘あっこちゃんペアは、試技順1番と言う妙な出番だ。 まあ優勝狙いではなかったが、ちょっと残念な試技順だ。 でもタックバックから始まり、1回捻り背落ちから1/2捻り立つで終るちょっと変わった構成で、見ていた人は「あっ」と驚いた。 たっちーも3年くらいでよくここまで出来たものだ。 5位であった。 TADさん&みっちょペアはなかなかの健闘で7位。 毎年混合では最高同時点と言ってよいほどのろん&あきママペアだったが、今年は練習から冴えなかった。 おまけに本番で私が開脚のところを抱えをしそうになりとっさに「抱え開脚跳び」をご披露してしまい15位。 まあ中断組もいるので最下位ではありませんでしたが、そろそろろんさんは若い子でも探した方が良い時期かもしれません。 TCアレンテにも若いお嬢さんが入ってきたことですからね。 たぁ坊&ミホちゃんの愛のカップルは4位。 りんくん&すいぶるクラブのソーランくみちゃんペアは16位。 今ゆっくり得点表を見ると、今回の同時点は19.50が最高でたっちー&あっこちゃんペア、TADさん&みっちょペアとTCアレンテが凄い! さすがだぜ♪ |
珠洲シンクロ2007 その102007-11-24 Sat 08:42 翌日は自由演技と一般混合、そしてカルテットがある。 昨日とはうって変わって雨。 HOPの子供達は、頑張って練習は1番に順番をついていた。 HOPは指導員Aが文化服装学院出身なので、レオタードは全て彼女の手作りである。 正直、手作りは細かい部分でどん臭い点があるが、彼女にしてみればお安く出来るので買うなんてもったいない話だ。 娘のレオタードを持っていって、さっさと型紙を起こして1日に何枚も縫い上げてしまうのだ。 シューズもあっという間に何足も作ってしまう。 これは素晴らしいことだ。 肝心の結果だが、城東もHOPもまあこんなもん…と言うか、残念と言うか、週1回しか練習のないクラブはこれ以上は???といった感じか? ただ大徳児童館の子供に関しては、どうしても賞状を取らさなければならない子が居た。 1人だけ、上手いのに本番に弱く賞状を持っていないYだ。 今回、低学年にペアが居ないので他所で探してもらった。 練習もそこに任せ、レオタードも貸してもらって、全ておんぶに抱っこ状態だ。 それが良かったのか、人数の多いクラブの世話になって、チェック後の静止もきっちり時間をかけて堂々とした演技を見せてくれた。 4位入賞…本当に良かった。 これで大徳の子供達皆に賞状が行き渡った。 今回の私の役目は果たせたのだ。 |
珠洲シンクロ2007 その92007-11-24 Sat 08:41 なんだかんだ言って、実は私達も今年はセプションは申し込んでなかった。 だって以前仮装して戻ってきたら、食べたい物がなかったりしたんだ。 それと大人の集団なんだから、それなりにお酒も飲みたいわけでして…。 仮装終了後、民宿には注文してあったお寿司とお刺身が届いていた。 みっちょが美味しいところを知っていて、注文してくれたのだ。 これが本当にに美味しくて、さすが能登半島の突端だけの事はある! といったお味でした。 持ち寄ったお酒も美味しく、TADさんはかなり進んでいました。 これが明日の悲劇の元とは…。 そこそこ飲んで食べた頃、ビデオをTVに繋いで今ほどの自分達の演技を観た。 観たくなかった…ああ、腰曲がり演技! そのうちビデオはウォータージャンプに行ったときの映像になり、疲れていた私はTVの前で横になってしまった。 いびきでもかくんじゃないかと、ときどき娘が足でつついたりして私の熟睡を阻止してくる。 お開きにして各自分かれて就寝したのは、まだその日のうちだった。 私にしては珍しく人間らしい時間に寝た。 普段TVの前で爆睡、夜中に目覚めて入浴、2時ごろ就寝、5時半起床と言う変則的な衣生活が普通だから。 当然、習慣からか翌朝は5時半に一度目覚めた。 |
珠洲シンクロ その82007-11-24 Sat 01:02 次にエリちゃんがピーターパンに変身! 跳んでも落ちない帽子を考えた為、ちょっと給食当番風であるが、ピーターパンに見えなくはない。 以前これをしたときは、津幡のリョーちゃんが気持ち悪いウエンディーをやってくれたが、今年は大阪のTOMOさんが貸してくれたキャプテン・フックがある。 これをりゅうのすけが着て、なかなかカッコイイ海賊が仕上がった。 そしてたっちーと娘がアラジンとアラビアのお姫様(?)に変身。 これも以前私がやった演目だ。 あと、天使と悪魔を準備したが、ミホちゃんが背中が痛いというので中止。 そして私とろんは、今回3度目の「シャチのジャンプ」である。 これは見た目にも大きく、何度やっても楽しんでいただける。 かなり体力的に苦しいが、頑張る価値はあるのだ。 演技が終わり、私は以前のような盛り上がりが感じられなくて、やっぱりこれが最後かなと思った。 だから、シャチのジャンプはやっておいて良かった。 仮装は普通の演技でやっても、担ぎ物はちょっと本番では出来ないからね〜。 |
珠洲シンクロ2007 その72007-11-23 Fri 23:00 仮装は毎年男子更衣室を占拠して着替える。 今年は何故か私の創作意欲が湧かなかったので、持っている衣装の総ざらえといった感じになった。 まずくりんから借りたピンクのナース服。 歯科衛生士のやつなんだが、花柄のエプロンをしなければ普通にナースに見える。 「たっちー、着て見たら?」と言うと、彼は普通に着てみる。 そして「これなんかどお?」と言いながら、ピンクのうさぎ耳カチューシャを取り出す。 ピンクのアフロも…! それをみっちょが着ると妙に似合って、色っぽい。 そこへピンクのうさぎ耳カチューシャをすると、怪しい風俗のお姉さんみたいだ。 いや、金沢にそんな怪しい風俗なんてないので見たことはないんですが、なんとなく想像でこんなお姉さんが居そうな気がする。 そして息子の長白衣をTADさんが着ると、普通にドクターに変身! しかし、その後ピンクのアフロを被ったら普通じゃなくなってしまった。 さあ、怪しいナースとドクターが仕上がった♪ |
珠洲シンクロ2007 その62007-11-23 Fri 22:40 子供達はどの組も、1日目の規定演技を中断もなく終えた。 例年ならここからレセプションで私達が大暴れするはずなのだが、今年はなんとなく雰囲気が違う。 だって、レセプションに参加する子供達が、とても少ないのだ。 私たちが仮装するのを知っていて、それでもレセに残らない…私が指導する子供達もだ。 理由は簡単だ。 レセの料理は毎年決まっていて、サンドイッチ、オードブル、お寿司、果物などだ。 料金も高いが、1日体育館に居た親は 「暖かい物が食べたい」と、口をそろえて言う。 以前は仮装して体育館に一歩踏み入れただけで、大勢の子供達にもみくちゃにされたものだったが、今年はその面影もない。 この人数だ…仕方がない。 私は初めて仮装をしたときに 「これを見て、大会に付いて来たかいがあった」 と、ある父兄に言われて嬉しくなり、遠いところをはるばる子供を引率してやってきた母親に楽しんでもらえれば…と言う気持ちで続けてきた。 しかし、もう来年からは西日本選手権のようにレセ自体がなくなるのではないかと思った。 |
珠洲シンクロ2007 その52007-11-23 Fri 22:22 試合が始まる。 審判団を見て、驚いた。 だって… 「あの人、審判したことあるの?」 「あの人、ずっと前に審判合格したけど、もしかしてこれが初体験?」 「あの人、15年は審判やってないはずだ」 「あの人、審判資格持ってたの?」 「あの人、シンクロしか審判しないよね」 と言う面々。 しかし、今回はちょっとあんまりではないかい? 蓋をあければ案の定、とんでもないことが起こっている。 一般女子でも、試技順2番の娘のところに6.8なんかがついていて、これじゃあ私の演技点なんか5点台にならなきゃいけないのに、演技点は勝っている。 どうなっとんのじゃあぁぁぁ!!!!???? どう見てもおかしいと思うのだが、仕方ない。 ある審判が謝りに来てくれたが、やはりどうにもならない。 このような審判をそろえる競技委員がいけない。 だって、会場に来て初めて審判を依頼されるのだ。 普及委員は、シャトル大会の前にはちゃんと審判を集めて講習をする。 その時に次の試合に出られる審判を確保する。 石川県は有審判資格者だって各段に多いはずだから、何でその準備が出来ないのか理解できない。 |
す図シンクロ2007 その42007-11-23 Fri 21:52 1日目の午前中は練習。 この時が指導者の最大の仕事だ。 初めて跳ぶ台の、誰がどちらを跳ぶのか見極めてやらねばならない。 ABCの3組、計6台に分かれて選手が跳ぶ中をかいくぐって、自分の子供達を見る。 私は指導者3人でやっているHOPトランポリンクラブと、1人で指導する大徳児童館、そして5人でローテを組む城東ジュニアと関わっているが、HOPはもう1人指導者Aが来ているからそっちは任せて…と思っていた。 すると突然Aを審判にもって行かれて、私が全部を見なければならなくなってしまった。 シンクロではHOPだけでも5組、城東が3組、大徳は1組を除いて他所のクラブと組んだので任せるとしても、私は練習の間、台の隙間を走りまくった。 おまけに自分も一般女子と混合で出るのだから、自分の練習もしなければならない。 急に冷え込んだ北陸地方だったが、半袖にフリース1枚で汗をかいた。 なんとかそれぞれの台を決め、開会式になる。 私は気が付かなかったが、来賓の1人が帰る時、 体育館の脇を通りながら 「避難所みたいだなぁ〜」と言ったそうだ。 たしかにブルーシートを敷いた上にウレタンマットを敷く。 その上から毛布やなんやら(確かにアレンテも寝袋持参だった) ごちゃごちゃして、地震の後の避難所と言われればうなずける。 しかし来賓にしては失礼な言い方だ…と、ある人はこの話を聞いて怒っていた。 |
珠洲シンクロ2007 その32007-11-22 Thu 15:00 F先生と組むのは6回目になるのか? 「私で良いのかしら?」と思いながらも、去年オーストラリア行きと重なって出場しなかった時、ちょっぴり文句を言われちゃった。 最初に組んだ時が4位で、先生を入賞させられなくて本当に悪いと思った。 翌年、娘のペアが最年少初出場で優勝、私達が2位になった。 その翌年も2位に娘達、3位が私達…でも、それ以降は選手上がりの台頭で私達の出る幕はない。 しかし今回は高校生&20歳という格段に若いペアも居たのに4位…ある意味凄いかもしれない。 今回先生と二人でずっこけた出来事があった。 練習の順番をついていたときのことだ。 小さな選手を連れて、列の最後尾を私達に尋ねた父兄に 「最後尾はここです!」と私達の後ろを指差すと 「ここですね?」と、私達の前を指す。 …こいつ、私らを選手だと思っていないなあ!? 私はともかく、かの有名な F先生を知らんのかあ??? 私達は頑として「いいえ、最後尾はここです!」 ともう1回私達の後ろを指差す。 すると前に並んでいた(今は選手クラブに移籍したが元私の生徒だった)ヒカルが驚いて 「ええ〜、先生跳ぶの?」 「あれぇ、あんた知らんかったあ?」 「本当にシンクロするのぉ…?」と、まだ疑ってる。 仕方ないので、ちょうど今の彼女の指導者である犬一に 「ねえ、この子私が跳んでるの信じられないんだってえ〜」と、助けを求めた。 彼の言葉に、ヒカルもやっと信じてくれた。 あんたより難度高いよ、私…。 この話、何年経ってもF先生と笑い話に出てくることになるだろうなあ。 |
珠洲シンクロ2007 その22007-11-20 Tue 12:26 難度点は関係ないと言うことで、同時性と演技の美しさ、そして「試技順の妙」で本格的な選手に勝つチャンスはある。 どの試合でも、試技順と言うのは運不運を分ける要だ。 私は西日本で優勝した時も「こんな奇跡は2度と起きない!」 と思っていたが、ここでも指導する子供達に幸運が舞い降りた年があった。 週に一度しか跳ばない児童館の子供達だったが、試合前に個人的にちょこっと指導しただけで小学生で2位を、そして50組以上のカルテットの中から3位をとったのだ。 (小学生など、参加者が多いところは20名程度に分けて各組で順位を決め表彰するので、高学年女子などはA組からE組まであったりするが、カルテットは参加者全体から3位までの表彰となる) 例年、珠洲シンクロの翌週は全日本トーナメントと決まっており、それを目指す選手はこれに出場させない指導者が多い。 それでも出場させる時は慣れていない子と組むとかするのだが、中にはJOCに出場する選手まで出してくるところがある。 ならばそれらしく高難度で出せよと思うのだが、どこにも制約がないのでモラルに頼るしかない。 今年、一般女子でも困ったなと思うのは、インパシ優勝者と学院でバリバリやっていた選手のペアだ。 回転はレイアウト1本のみ。 そこまでしてこの程度の試合でメダルが欲しいのかしら? 恥ずかしくないのかなあ? そこへ来ると、男子は人見雅樹選手がやはり元選手と組んでもかなりの数の回転を入れ、観客を魅了させた。 昔、やはり人見君と半本さんも華麗な演技を見せてくれたものでした。 指導者・選手にはそんな気遣いが欲しい。 |
珠洲シンクロ2007 その12007-11-20 Tue 09:35 第24回石川県 シンクロナイズド・トランポリン競技選手権大会 が正式名称…通称珠洲シンクロ。 参加組数 小学生低学年女子 61組 小学生低学年男子 22組 小学生高学年女子 101組 小学生高学年男子 28組 中学生 女子 16組 高校生 女子 3組 一般 女子 10組 一般 男子 9組 一般 混合 19組 カルテット 76組 シンクロだけても269組…つまり538名。 カルテットはシンクロにかぶっている人も居るが、規定も演技点もないので普通のママさんだって出ちゃうので、304名。 塩野先生が「日本一参加者の多い大会」と言うのも間違いないと思う。 規定は小学生は「5級+4級」みたいな感じで、誰でも参加できる。 中学生になるともう「よつ前宙」が入るので、誰でも…と言うわけには行かない。 そして一般は「1級+背落ち〜捻り立ち」みたいな内容なので、いくら社会人で始めてそこそこ跳べるようになっても背落ちのハードルを越えられなくてエントリーを断念する人が多い。 この大会はカルテット以外にも特別ルールがけっこうあって、難度点は加算されないのが一番の特徴だ。 確かにこの参加者数で正規の数の審判を揃えるのは難しい。 また全日本ジュニアに出る選手から、児童館で週に一日1回だけ跳んでる子供まで同じ土俵と言うハチャメチャさだ。 |
帰国 3度目のハワイ・252007-11-19 Mon 09:43 来たときは6時間半、帰るときは7時間かかるらしい。 また狭い空間との戦いが始まる。 せめて映画で楽しもう。 帰りは夫が隣の席だったので、映画を選んであげる。 一緒に『ダイ・ハード4』を観た。 戦闘機から落ちても大丈夫…と言う「ありえねぇ〜!」設定に笑った。 私は次に「まるで漫画」…ってか、本当に日本のアニメだった『トランスフォーマー』を選ぶ。 夫には「これがよいかな?」とビデオ『ペリカン文書』を推薦。 お互い、途中睡魔に襲われながらなんとか鑑賞した。 無事成田に到着。 ここで義姉1号と別れる。 遅れた場合を考えて、羽田〜小松は遅い時間の便を予約してあったので、羽田でゆっくり夕食を食べた。 今回は早朝出発、バスで観光地を移動、でもって遅い夕食にまた早朝移動…みたいなパックツアーでなかったので、義姉2号は元気である。 スペインに行った時はまだ若かったのに、羽田でくたくたになっていたのが思い出される。 私はもう眠くて眠くて、羽田〜小松間は45分ほどの飛行だがほとんど覚えていない。 小松から自宅までの乗り合いタクシーも、眠っていたらしくあっという間に家だった。 最後、運転手さんが夫のスーツケースを他のお客さんのと間違えて下ろしてしまい、すぐに引き返してきてもらうと言うオチがついた。 まあ結婚式も良かったし、皆も無事で何より…これでスッカラカンだぁ〜! 本当に暫く海外には行けない。 せめてハワイ以外に行きたかったなあ。 |
最後の朝 3度目のハワイ・242007-11-19 Mon 09:10 11月7日(水) 最終日、帰国の朝。 早朝6時半過ぎにスーツケースを集めに来る。 荷物もなくなったし、いつまでもホテルに居ても仕方ないので、チェックアウトを済ませてホテルを出た。 実はハレクラニで傘を借りて、なかなか手に入らない傘だから夫は持って帰りたかったらしいが、残念ながらスーツケースに入らない。 もう雨も降らないので、散歩がてら傘を返しに行った。 玄関のエントランスで車係をしていたお兄さんに傘を渡し、ついでだから欄の絵を書いた有名なプールを眺めて来ようと庭に出た。 すると、そこで以前とは違った美しい朝景色に出会った。 最後の朝に、良いものを見た感じがする。 まだ時間があったので、スタバに入ってコーヒーを飲む。 外のテーブルでお茶する…と言うのは金沢ではほとんどない。 いや、我が家は外食もしないし、喫茶店でコーヒーを飲むんということもない。 集合時間になり、バスでホノルル空港に向かう。 家族連れ、と言うのか幼い子供づれが多い。 私は子供が小さい時、あまり遠くへ出かけるのが好きではなかった。 オムツを交換する場所は、今より良くなっている。 しかし、オムツが取れていつ「オシッコ!」と言い出すか分からない時期も大変だったように思う。 あの親達は元気があるなぁ…。 それより、そんな頃に幼児を連れてハワイに行くなんて余裕はなかったけどね。 |
公衆電話 3度目のハワイ・232007-11-19 Mon 08:17 実は私の泊まったホテルには、公衆電話がない。 時間的には現地時間の夜の11時を過ぎないと、家には息子も居ない。 夫はそんな時間は営業停止なので、私が電話をするのだ。 最初フロントで「ココには公衆電話はない」と(当然英語で)言われて、DFSまで行ってみた。 昔12時までやってたと思ったが、閉まっている。 結局シェラトン・ワイキキまで行くと、3台くらい並んでいて、皆日本人がかけている。 電話が通じる。 「何もない?」 「うん…何もない、冷蔵庫の中」と息子。 まあ生きてる…良かった。 最後の夜も、とことこ歩いて(ムームーのまま)電話をして、12時近くにみやげ物の店じまいをしているかっこいいお兄さんが居た。 「うぇあ〜 ゆ〜 ごーいんぐ?」と、私に言う。 え?何で私に話しかけるの? 好奇心はないでもないが、聞こえない振りをして通り過ぎた。 顔をしっかり観たかったなぁ。 ホテルのフロントで明日のモーニングコールをお願いして、部屋に戻った。 |
最後の夜 3度目のハワイ・222007-11-16 Fri 21:54 最後の夜は、生のフラに生演奏♪ 義姉達の宿泊するシェラトン・ワイキキでも夜は生演奏と踊りがあるが、プール越しでムードが無い様に思う。 以前ロイヤルハワイアンと、モアナサーフライダーでカクテルを飲んだが、私は後者が絶対雰囲気が良いと思い、絶大の自信を持って夕食の後に案内した。 先ほど書くのを忘れていたが、去年ハワイに行く時のためにムームーを縫った。 しかしワイキキではカーディガンを脱げないほどの気温で、袖を通さずに終わった。 それが心残りだったので、もう二度とハワイには来ないと思って、ムームーを着て食事に臨んだ。 日本人の、それも北陸の肌の白さなのに、ニョキッと出た腕は現地人である(大爆笑)! ABCストアで頭につける花も買い、同じネックレスをし、もうココは外国なんだからどーでもい〜や〜!と、やややけくそ気味。 やって来ました、白亜の御殿、モアナサーフライダー。 甥のお嫁さんはハレクレニは譲れないと言ったそうだが、私がワイキキでどこと言われれば絶対モアナサーフライダーだ。 ちなみにラスベガスで選べと言われれば、ベラッジオの噴水の見える側のお部屋…あ、だれも聞いてくれないか。 女3人はブルーハワイ、トロピカルイッチ、トロピカルパンチを頼む。 綺麗な踊り子さんと生演奏で、ハワイ最後の夜は更けるのでした。 |
肉食動物 3度目のハワイ・212007-11-16 Fri 21:09 その後、これもまた覗いてみたかったハイアットリージェンシーに入ってみた。 有名ホテルで足を踏み入れていないのはここだけだ。 ツインタワーを見上げながら生ジュースを飲んでいたら、結婚式のいでたちのカップルが現れた。 新郎は外国人、新婦は日本人。 衣装係もカメラマンも日本人。 あまりにかっこいいので、これはパンフレット撮影なのかと思った。 本当はどうなのかわかりません。 さて、最後の夕食はワイキキで最高の眺めの「シェラトン・ワイキキのハノハノルーム」を予約…と思ったら、既に一杯で仕方なく「田中オブ東京」へ。 …またステーキかよ…。 ここはナイフをチャンチャカチャンチャカするパフォーマンスが有名なんだけど、過去2回とも来てるんです。 でも、やっぱり初めての人はココでしょう?と言う選択で…。 さすがに最初のロブスターを2切れ食べたところで箸が止まりました。 「お、おとうさん…食べる?」 次、ステーキ…3分の1食べたところで、またストップ。 「お…おとうさん…食べられない…」 4日間のうち3日もステーキじゃあ私は生きて行けない! 私、肉食じゃなかったのね、と強く感じました。 |
名所と名物 3度目のハワイ・202007-11-16 Fri 21:07 シーライフパークを出発して奥に進むと、山肌が深く荒々しく、やっとハワイの自然を見た気がした。 ちょっぴりこのバスに乗って良かったと思った瞬間だ。 次によくパンフレットで見る「ヌアヌ・パリ」を目指す。 強風の名所なのだそうだが、それがどうなんだろう? 古戦場でもあると運転手さんは話すが、もうちょっと詳しく話して欲しかったなあ。 着いてみると、全く風など吹いていない。 一昨日のウエディングディナーのときの方がよっぽど凄かった。 もう、台風かと思ったもの…。 ここではとんがった山が近くにあったのだけど、それが気に入った。 その先、帰り道なんで寝てしまった…。 さて、ワイキキに戻って時間的にもお昼ご飯を食べなければならない。 私は一度は現地の食べ物を食べなければならないと、絶対「ロコモコ」を食べてみたいと思っていた。 ご飯にハンバーグを乗せて、目玉焼きを乗せ、グレービーソースとか言うモノをかけたらしいんだけど…。 去年は夫がゴルフに行っている間、1人の昼食に「スパムにぎり」を食べてみた。 これが案外いけたので、ロコモコも…と思ったが、柳の下に2匹目のどじょうは居なかった。 これだったら「ガスト」や「すかいらーく」の「目玉焼きハンバーグ」の方が絶対美味しいわ。 |
ぼったくりショウ 3度目のハワイ・192007-11-16 Fri 21:05 11月6日(火)やっと晴れた。 観光の出来る最後の日に、やっと晴れたがハワイらしい空ではない。 この日はJTBのバスに乗って東海岸を回るのだ。 ダイヤモンドヘッドの向こう、シーライフパークまで行った事はあるが、その先は知らないのでちょうど良かった。 日本人の運転手さんが、ボツボツ語って案内しながらの観光…っちゅうほどでもないな…ワイキキトロリーでゆっくり回る方が情緒はある。 シーライフパークで止まり 「ここでJTBのお客様だけの特別イルカショウを10ドルで」 と、まんまとJTBに騙された。 パーク内は見学できません、ショウだけですという。 しかし、せっかくきたのだからと、あえて参加した。 水族館好きの私に言わせれば、10ドルのショウではない。 ただ、イルカとかなり近い距離に居られるのは確かに特別なショウだ。 もったいないし、興味がないからとバスに残った夫に見せようと、そして10ドルを永遠に残そうと携帯のムービーで撮った。 そしたら、もっと記憶に残らないものになってしまった。 …せめているかに手でもかまれてくれば良かった。 戻ってみると、バスに残った人たちのほうが、どさくさにまぎれてパーク内を見ることが出来たそうだ。 悔しい…。 |
素敵な演出 3度目のハワイ・182007-11-16 Fri 21:04 暫くすると、よく水族館で言う「マリンガールの餌付けショウ」みたいなのが始まった。 すると、ウエットスーツのお姉さんは中からなにやら看板のような物を水槽の客席側に立てかけた。 私の後ろの席の(私から見た)外国人一家のお母さんが誕生日なのだ。 「はっぴぃ〜ばーすでー ○○さん!」 と書いてあり、そこへスタッフ一同がやって来て「ハッピーバスデー ツーユー♪」を歌ってくれるのだ。 次に私の向こう側にいる日本人カップルの座る席に看板を置く。 こっちは「結婚 おめでとう」だ。 こんなサービスがあったのは知らなかった。 なかなか良いじゃないですかっ! 私は水槽の中のエイといるかのミックスみたいなのが気になって、そればかり見ていました。 餌付けでも、ひときわお姉さんにまとわりついて、手を飲み込んじゃうんじゃないかと思うほどでした。 3度目にして念願だったパシフィックビーチホテルのレストランに行けました。 良かった良かった。 |
行きたかったレストラン 3度目のハワイ・172007-11-16 Fri 21:03 3日目の夕食。 ホテルでの待ち合わせのとき、私はハワイで初めて夕日を見た。 過去3回で合計2週間くらい滞在しているのに、やっと見たのです。 夕食の相談をしていて、今回の旅は私が行きたいところを我慢して付き合っているのを知って居る義姉は、 「前からここ行ってみたかったんだ」と私が言った、パシフィックビーチホテルに行くことに賛成した。 ここは巨大水槽があって、ちょうど水族館でお食事しているような感じなのです。 水族館大好きの私としては、本当に行ってみたかった場所でした。 私のおなかも普通に戻り、夫はアイシングのお陰で一応歩けるようになり、途中会話が通じなかった部分もあったが、なんとかその大水槽のあるレストランのシーフードバイキングにありついた。 でっかいズワイガニの足や、タラバガニの足をどっさりお皿に盛って戻ってきたら、 「あら、そんなの何処にあったの?」と義姉達…ど真ん中にありました。 とげの多いタラバガニには「タラバガニの逆襲」と言う痛い目にあいながらも、とりあえずはこれを食べなきゃ!と格闘した。 ラスベガスのとんでもなく塩が効き過ぎたカニとは違ったが、途中でぱったり食べられなくなった。 そんなに多くのカニを食べたことがなかったからか? 満腹でもないのに、食べられなくなってしまった。 残念! |
3度目のハワイ・162007-11-16 Fri 20:59 アラモアナショッピングセンターを出る頃、また土砂降りになった。 トロリーに乗り、DFSで降りた時もまだ小降りながら降っている。 私は軽やかにアーケードのあるところまで走っていると、後方でなにやら音がした。 振り返ると左足を前に、右足を曲げた姿勢で夫が転倒していた。 足を引き摺って、ホテルに戻る。 去年のハワイ島の再来か? フロントで製氷機の場所を聞いて、アイスペールいっぱいの氷を持ってくる。 ビニール袋を二重にして氷を詰めて、20分間ガリガリ揉んでアイシングをする。 これ、私が去年夫にさせたのでした。 しかしいくら雨季に来たといっても、2度も雨に降られて、一度ずつアイシングすることになろうとは…私達夫婦はさんざん「ハワイなんてつまらない!」を連呼していたので、ハワイの神様は怒ったか? その後薬を買いに行ったが、夫は迷わずある薬を手に取った。 まさしく、去年私が買った「ラブ」とか「サロメチール」と良く似た薬だ。 あはは…家にまだ残ってるよ、去年のが。 |
度胸の英会話 3度目のハワイ・152007-11-16 Fri 20:59 買い物も終えて、今度はお昼ご飯にまたさっきのフードコートへ向かう。 いつものように夫は「おれ、これ!」とだけ言って私に注文させて、座席の確保だけしている。 一昨日もステーキ、昨日もハレクラニのフルコースで分厚いお肉を食べたのに、今度は韓国風の肉だ。 さすがに未明まで悶絶していた私は、うどんをチョイス。 (本当は夫婦で海外旅行をしたときは、絶対日本食を食べない) 不本意な値段だが、なぜか美味しい…ハワイの日本食も馬鹿にしたもんじゃない。 ややあって、今度はピザの注文にトライした義姉達が、でっかいぶあついピザを持って戻ってきた。 どんな会話が繰り広げられたのだろうか…? 頭の良い人は、どうしても「うっじゅー なんとか かんとか〜?」とか 「くっじゅー なんとか どーとか…」 と言わなければならないと思って、頭の中で考えてから言う。 それが通じなかったら、もうどうして良いか分からなくなるのかな? 娘なんか「英会話の90%は度胸で出来ています。」 と、実力10%説を持っている。 私も度胸だけだぜ…これが案外通じるのだ。 |
続英会話のハードル 3度目のハワイ・142007-11-16 Fri 20:57 11月5日(月) 朝はサンドイッチも食べることが出来ず、ジュースだけにした。 それでもまた全員集合して 「あれに乗りたい!」と言う義姉2号の要望でトロリーに乗ることになった。 私が最初に来た時にはワイキキトロリーがほとんどで他のは目立たなかったたが、今ではJTBのやらお土産店のやら、そして自分が持つカードでどれが無料で乗れるのか、どれがどのコースなのか把握するに大変だ。 今回JCBカードがハワイで大キャンペーンを繰り広げているが、過大広告もあって腹が立った。 「ワイキキトロリー乗り放題!」と書いてあるが、それは1つのコースに限られていた。 ふん、JCBカードなんてもう使わねーよ! それで私達はJTBのオリオリトロリーと言うのに乗ってダイヤモンドヘッドまで行き、折り返して出発地点のワイキキを通り過ぎアラモアナショッピングセンターで降りた。 入ったら、ちょうど巨大フードコートだった。 体育館ほどもあろうかと思われるそこには、ピザ、うどん・そば、スパゲッティ、韓国惣菜、カレー…と、ないものはないといった感じ。 ちょっと休憩したかったので、すぐ意見がまとまってアイスを食べるのになった。 アイスクリームのコーナーに行き、義姉達はまた英会話にチャレンジすべく臨んだが、普通にアイスを買うときのキーワード「シングル」が「りんご」と聞こえて凍り付いていた。 |
悶絶の夜 3度目のハワイ・132007-11-16 Fri 18:07 ディナーが終わる頃、外は土砂降りになっていた。 途中、朝食を仕入れるのにまたABCストアに入る。 私達はさっさとサンドイッチやジュースを買っているのに 「売ってないわよねえ…」と、義姉達がやって来る。 やはり明日からの観光も、放っておくわけには行かない。 そのABCストアのレジのオバチャンは、軽くリズムを取ってレジに居る。 「ソーナノカンケーネ〜♪」とか「カトちゃん・ぺ!」とか、日本人と見るとギャグを連発している。 「そんなの」が「そーなの」になるのは気の毒だが、TVを見ない義姉2号も知らない日本のギャグを、よくぞ言ってくれた! ホテルに帰ってお風呂に入る。 夫はとっくに寝ている…毎日のことだが、いつも9時には寝たい人なのでこんなものだ。 お風呂から上がって横になるが、どうも寝付けない…なんかおかしい。 悶々としながら、1時間ごとに繰り返される宣伝の多いTVの日本語放送を何回見ただろう? 絶対おなかがおかしいのだ。 夫がやっと寝返りをうったので、すかさず 「胃薬頂戴!」と言って、薬を飲む。 昔痩せていた夫は、胃腸薬は離さない。 ウエスト90センチを越えても御愛用だ…絶対おかしいし! しばらくして、結局吐いてしまった。 何度か繰り返すが、それで楽になって眠ることが出来た。 もともと油には弱いが、海外ではちょっと困る。 フランスでオリーブオイルにやられた時は、こんなものではなかった。 これで、私はちょっとだけ体重を落として帰国することになる。 |
式の後 3度目のハワイ・122007-11-15 Thu 21:57 式が終わると、お庭に出て更に写真撮影会となる。 シャンペン(実は発砲ジュース)で乾杯するシーンとかを緑を背景にして、アルバムが楽しみである。 ここで「は!?」と思ったのは 「はい、新郎は花嫁を抱っこして!」と言われた時。 花嫁は40キロあるかないかの、小柄で華奢な、本当に羨ましいスタイル。 背が高くないのは私と変わらないが…かなり細い。 甥は軽々と花嫁を抱き上げ、無事写真は上手く撮れた。 甥もそんなに大きな男性ではない…ちょうど、息子と同じくらいだろう。 夫も結婚した頃は甥や息子と同じような背格好だった。 でも、私を抱き上げることは出来なかっただろうな(今よりも軽かったですが)…(汗) |
挙式 3度目のハワイ・112007-11-15 Thu 21:56 結婚式が始まる。 黒い服にジーンズと言ったお姉さんが 「ハワイアン ウエディング ソング」 を歌う中、今回父親が来なかったので母親と新婦が入場する。 そして祭壇前まで来て、新郎と交代する。 この辺の流れは普通の教会の結婚式と何も変わらないが、あの歌が凄く良かった。 ハワイ独特の歌い方、声、さすがハワイならでの結婚式だ。 義姉1号なんか、かなり感激していた様だった。 実は私達の結婚式も、夫の母親は病院から式場まで来て、披露宴はとうとう別質で横になっていた。 最後の花束贈呈は、母親の代わりに義姉1号が受け取った。 式の終わりに結婚証明書にサインをすることになり、今回は夫が新郎側を代表して祭壇に登った。 皆で代わる代わる親の役目をしているのが不思議な縁だ。 オルガン奏者は、実はあまり上手くなかったように思う…だって、何箇所か間違えてたもん…。 |
リハーサル 3度目のハワイ・102007-11-14 Wed 00:58 マクドナルドで一息ついた頃、窓の外に立派なリムジンが行くのが見えた。 初めてハワイに来た頃にはあまり見かけなかったリムジンは、去年来た時珍しい気がしたが、たった1年ですごく増えたように思う。 そのリムジンはやはり教会で止まったので、急いでマクドナルドを出た。 後で聞いたら「ハワイに1台しかない」と挙式請負会社のWウエディングの人は威張っていた。 確かに今まで見たリムジンとは違う。 教会に入って、御対面。 甥っ子に会うのも久しぶりなのだが、そのお嫁さんとなると当然初対面。 新婦側は母親、妹、親友の3人が来ていた。 最近は二人っきりで挙式というのも不思議ではないが、今回は先にあちらが4人行くと言う話だったので、対抗したわけではないが叔父伯母が行くのになった。 (最初、花嫁の友人は二人参加の予定だった) 二人っきりですると言うことだったら、 「ああ、どうぞ行ってらっしゃい」 と言うことになっていたと思う。 挨拶もそこそこに、挙式のリハーサルが始まる。 この時は写真OKなのだそうで、いざ!と勢い込んだら足が攣った。 ちょっと気取って少しだけ高いサンダルを履いたらこの始末だ…。 この日一日、いつ足が攣るかずっと心配だった。 リハーサルが終わったら、すぐ本番になる。 Wウエディングの日本人スタッフ男女各1名、カメラマン1名、牧師様、オルガン奏者と歌のお姉さんが外国人だ。 (いや、外国人は私達なのだが…) 片言の日本語を話すカメラマンは、てっきり夫を父親と思い込んでいる。 年齢から言えば無理はないが、私に34歳の息子は無理だ…。 |
英会話のハードル !3度目のハワイ・92007-11-12 Mon 12:53 タクシーの運転手に教会の地図を見せる。 「ニホンゴ、デキマセン」の女性ドライバーは遠方に向かう日本人客の為会社に電話すると、ちゃんと日本人のスタッフが出て上手く説明が出来た。 20分ほどで到着した教会は、写真とは違ったように見え 「本当にここなの???」と、一同首をかしげた。 私達が早すぎたのだが、挙式スタッフが居たので確信してタクシーを降りた。 小学校が併設された、木造の質素な教会だ。 ステンドグラスもシンプルで、それはそれでなかなか良い感じだ。 きっと花嫁の思い入れがあって、ここに決めたんだろう。 私だったら、絶対ガラス張りの教会なのだが…。 まだまだ時間があるので、近くのショッピングセンターを覗いていた。 その通路で、突然夫が若い女性から何か話しかけられた。 英語にアンテナのない夫はびっくりして、すぐ義姉2号を呼んだが、 「ニホンジントハナシテミタカッタ」といったような感じ…本当か? 私はてっきり日本人のオヤジ専門のキャッチセールスかと思った。 次にマクドナルドでお茶するのにした。 日本人などあまり来ないようなお店では、夫が 「ジュース!」と言っても、めでたく通じなかった。 たかがジュースだが、一同大爆笑。 そこで英会話をしている義姉たちは、 「ついでだから、英語力試したら?」と、夫に言われて注文しようとしたが、日本のマックと違ってレジの横に写真と料金を示した紙が置いてないのだ。 そうなると「見えない」義姉はもうギブアップだ。 私もアイスコーヒーに「ナントカフレーバー、ドレニスル?」 みたいに意外なことを聞かれてびびってしまって、最後にに聞き取れたバニラが無難だったのでそれを頼んでしまった。 実際、初めての味…おいしかったけどサイズを言う余裕がなくて、かなり大きなカップだった。 |
悶絶の元凶 3度目のハワイ・82007-11-12 Mon 02:16 11月4日(日) 目覚めたら雨! それも、ちょっと降ったらすぐ止む…と言う感じではない。 結婚式は今日なのだ。 それでも昼近くには止んだが、相変わらずいつ降り出すかわからない空模様だ。 私たちはまたシェラトン・ワイキキに集合して、そこの2階にある豪華な和食のお店でお昼を食べた。 このお店はワイキキの日本人向けTVCMでは 「シェラトンワイキキ1階Y屋」と言っているのに、実は2階である。 1階には和風の引き違いの戸と看板だけあって、とても立派なお店があるようには見えない。 実は、その戸を開けると階段があるのでした。 そしてお向かいにもそのお店の扉が…これはエレベーター。 それが敷地の関係か、入って左右に廊下があるようなT字型の箱になっていて、初めての人は絶対驚くはずです。 私は去年もここでハワイ島の帰りにお昼を食べたのですが、やはり初めての人を案内するには知っているお店ってことになりますね。 今回はガイド役に徹することにしたので、 「同じお店なんてつまらな〜い」 なんて言っていられません。 皆は魚の味噌漬け定食を注文。 しかし塩分制限の私にはNGなので、天婦羅定食を注文。 これがたくさんあって、お残しを許さない私はちょっと無理して食べました。 これが今夜の悲劇の元になるとは…再び異国の地での悶絶の夜を引き起こす原因となったのです。 |
ABCストア 3度目のハワイ・72007-11-11 Sun 09:12 ハワイに行ったことがある人なら絶対に知ってる「ABCストア」。 お土産全般…つまりキーホルダー、Tシャツ、チョコレート、マカダミアナッツから、日用品まで売っている。 私はハワイではいつも朝食がついていないので、夜の間にここでサンドイッチやジュースを買い求める。 不思議なのは、かなりの密度でこの店が存在するということだ。 日本のコンビに程度ではない。 お向いどうしにあったり、2軒となりにあったりするのだ。 それも同じ商品しか置かれていない。 それが共倒れしないというのは、やはり観光で成り立っているからなんだろうなぁ。 最初にハワイに来たときの話。 夕食を終え、ABCストアで翌日の買出しをして部屋に戻って袋から品物を出していると、買った覚えのないナビスコのチーズサンドリッツが入っていた。 夫がレジで支払ったので 「何でこんなもの買ったの?」と聞くと 「レジのお姉ちゃんが手にとって何か言うから、サービスかと思った」と言う。 レシートをチェックすると、しっかり金額が書いてある。 後日ネット情報で分かったのだが、これはABOストアの『手』らしい。 相手が英語の苦手な中年だと察知すると、強引に押し売りを始める。 その時は夜で、夫も酔っていたからカモになったのかと思ったが、今回到着早々にお水を買ったお店で、それも昼間に遭遇した。 酔っ払いオヤジだけを狙うのではなかったのね…。 またしても「ナビスコチーズサンドリッツ」だ。 この時は私もレジに居たのでハッキリ「NO!」と言ってやった。 レジのお姉ちゃんは負けじと、今度は日本語で 「オイシイヨ!」とリッツを振りかざすが、フン、負けるもんか! いかにも英語の解からなさそうな中年の夫婦と見たな〜〜〜〜〜! 私、英語はペラペラなのよ…嘘です。 |
最初の夕食 3度目のハワイ・62007-11-11 Sun 00:57 眠さをこらえて観光する必要もないので、夕方に迎えに来るのにして私達は街に出た。 夕食をする場所を探すのに、新しく出来た「ワイキキ・ビーチウォーク」なども歩いてみた。 1年ちょっとで、かなり変わっている。 ホテルに戻って休憩、またシェラトンに行って、全員揃って夕食に出かける。 外国に来て日本食を食べるのは反則みたいに思うが、ハワイはもう日本食が不思議ではない土地だ。 ましてや義姉達のことを思うと普通に和食だろう。 そして選んだのは一応和食ではあるが「鉄板焼き」…ロブスターとステーキだった。 最初にサラダ、お刺身が出てくる。 白ご飯にお味噌汁も出てくる。 全部おいしくいただき、めでたくデザートで終了。 後にこれから毎晩大変なことになるとは、この時は想像もしていなかった。 |
ホテル 3度目のハワイ・52007-11-11 Sun 00:40 「オハナワイキキマリア」は8月にナンシーが宿泊したので、情報は得ていた。 日本語が通じない…ま、なんとかなるさ(汗)。 場所を確認する為、全員でまず私達のホテルに行く。 お部屋は10階、窓の外は大通りに面していて、まん前がお向かいのホテルで、山も、また当然海も見えない。 でも去年泊まった「シェエラトン・ワイキキ」より部屋が広い。 4年前に泊まった「アイランダーワイキキ」はシャワーしかなかったが、今回は一応バスタブがある。 これで十分だ…ハネムーンじゃあるまいし…。 次に義姉たちの「シェラトン・ワイキキ」に向かう。 実は去年の3月に来た時は、28階の「ダイヤモンドオーシャンビュー」とか言う、スィート以外では最高ランクの部屋に泊まった。 ダイヤモンドヘッドが見え、海も十分見え、夜には山の頂上付近まで点る家々の明かりが美しいのだ。 この景色は、何処の旅行社のパンフレットに使っている。 今回「意味が見えるお部屋」でリクエストしたら、10階の本当に海だけが見える部屋だった。 首を伸ばしてもダイヤモンドヘッドは見えない。 まあツアーとしては高い方ではなかったので、こんなものなのかもしれない。 それでも皆が憧れる「オーシャンフロント」には間違いない。 先にも書いたが、ここは部屋が狭いのが難点だ。 普通ベッドの他にテーブルに椅子2脚はあるものだが、ここにはない。 景色を切り売りする為に、部屋数を多くしたらベッドしか置けなかった…と言うことだ。 でも、ワイキキの中心部では「ハレクラニ」「モアナサーフライダー」「ハイアットリージャンシー」とここが有名なんだろうなあ。 |
ワイキキへ 3度目のハワイ・42007-11-11 Sun 00:18 今回乗ったJALは、背もたれの後部にTV画面があって、右の肘掛の中にリモコンが収納されている。 それで映画を自由に選んで観られるし、ゲームだって出来る。 ゲームをする習慣のない私は『ヘアスプレイ』と『レミーのおいしいレストラン』を観た。 『ヘアスプレイ』は、なんだかよしみ☆さんと私と、最近私と妹の契りを結んだ広島のみきゃみきゃさんが踊っているみたいで、ちょっとビミョー(汗)。 さてハワイの往路は食事は1回で、最後に袋に入ったパンとジュースが配られる。 毎回不思議に思うのは、機内食って何を基準に朝、昼、夜を区別して出されるのだろうか?と言うことだ。 6〜7時間のハワイ便などは良いが、ヨーロッパに行く時は出される食事が何なんだかさっぱりわからず食べていた。 それと、どう考えても無理のある体勢と箸を落としても拾えないような狭さ…足がむくむのは我慢するとして、この狭さを何とかしてくれれば空の旅はもっと心地良い。 と、言いながらも少し眠って11月3日の朝のワイキキに到着した。 去年の3月に来たばかり…もう2度と来ないと思っていたハワイである。 今回はJTBから予約したので、まずはアロハタワーまで連れて行かれて 「ここでお写真お撮り致します〜」 と係員に言われても寝ぼけ顔だし、化粧ははげてるし、冷たく断る。 早くチェックイン出来るよう手配してあったので、すぐホテルに移動。 私達夫婦は一番安い「オハナワイキキマリア」、義姉たちは海の見えるちょっと良いお部屋を…という事で「シェラトン・ワイキキ」へ向かう。 |
成田へ 3度目のハワイ・32007-11-10 Sat 11:07 11月3日(土)まず小松空港に向かう。 金沢からは近くに住む義姉2号が一緒に行く。 この人とは7年位前に(やはり夫の)姪と3人でスペイン珍道中を繰り広げたので、注意事項は心得ている。 素晴らしくお勉強は出来るがずっと独身なので、その分一般常識と言うか、一般雑学がまるで無い。 つまり、子供が居ればついついTVから流れる無駄知識を吸収するのに、NHKのニュースしか見ていなくては「小島よしお」なんて当然知らないのだ。 おまけに最近は(目が)「見えない、見えない」とばかリ言うので、どう対処して良いかがちょっと心配なことでもある。 JALで羽田へ、そしてリムジンバスで成田へ。 ここで義姉1号と合流する。 この人も頭の良い人で、実は姉弟の中では一番出来た人らしい。 しかし結婚もして子供・孫もいるので、一応TVのギャグも分かる。 しかし、海外旅行は初めてで、もう70歳を目前の人なのだ…自分と一緒に扱ってはならない。 そこへ今回の新郎の母である義姉3号が御主人と一緒にやって来た。 こんな時に病気になってしまい、それでも今日は調子が良いと言うのでお見送りに来てくれたのだ。 ここの御主人は神様のような人で、うちの娘もよくこの家に転がり込んで関東圏での宿泊施設代わりにしている。 この父にして博士号を取る子供が育つのだと思わせる、素晴らしいパパだ。 この6名で食事をして、その後私達はJALでハワイに向けて飛び立った。 |
衣装の準備 3度目のハワイ・22007-11-09 Fri 14:02 本当に「いつ何処になるか分からない結婚式」のために、衣装を買う訳にはいかない。 そんな余裕も無い。 もうハワイに決定だと感じた頃、とんでもないことを思いついた。 働いていてまだお金のあった頃、最後に買った夏の服。 これは入らなくなっても残してあった。 しかしサイズ的にはちょうど着られるのに、趣味の違う娘は着ようとしない。 そこで明るい太陽の下、それも外国なんだしぃ〜と思い、その服を直し始めた。 上着は入るが、当然ベンチプレス40キロを持ち上げる腕はきつくなっている。 カフスを外し、適当にタックを寄せて完成! スカートは時間が無かったのでリフォーム屋さんに出して少し手直しをしてもらったが、3千円以内で直った。 そう、25年前の服なのです! 白地にピンクと水色の水玉模様で、その部分だけ透けて見える綿のオパールと言う生地です。 誰も25年前の服とは思わないだろうなぁ…ってか、それを平然と着ちゃう私も凄いかあ? でも、そんなにおかしくなかったと思うよ…南の国は太陽が違うのだもの。 それとハワイに限らず、外国ではどんなおばあちゃんでもピンクや赤、何でも着ている。 あれが良い。 私、絶対おばあちゃんになって薄紫や灰色の汚い色に包まれて暮らすのは嫌だと思っていたから、その点では外国が好きだねえ〜♪ |
またハワイ? 3度目のハワイ・12007-11-09 Fri 13:32 「インターネットで親戚のことをあれこれ書くな!」 と、きつ〜く夫から言われているあきママとしましては、今回はとても書きにくい旅行記です。 だって、夫の甥の結婚のために夫の姉2人も一緒に行くんですから親戚話満載じゃん!? …と言うわけで、当たり障りの無いことで書いてみましょう…って、出来るのか、そんなこと! 夫の3番目の姉の長男が、今回の結婚式の新郎です。 彼は博士号も取得しているし、トイック900点だし、イギリスに留学して研究していたし、とにかく夫には自慢の甥なのです。 英語コンプレックスの夫からすれば、理系なのに英語がペラペラなんて神様のような存在です。 もし娘がこんな条件の男性を連れてきたら、顔も見ないで交際OKするだろうなあ。 お見合いだったらしいのですが、遠方に住まいする親戚なので詳しいことは何も知らない。 いや、当の両親も最近初めて会ったらしい。 結婚式も10月に横浜がドイツに変わり、いつの間にか彼女の誕生日にハワイで、ついでにお泊りはハレクラニ(知る人ぞ知るハワイの有名ホテル)だ…と変更になるので、結婚自体なくなるのではないかと直前まで準備はしなかった。 ハワイが好きではない私としては「またハワイ?」 と言う台詞しか出てこなかった。 私にはハワイに魅力は無いのです。 |



