あきママの雑記帳

すいぶるクラブ番外編

しばしのお別れ

前にも書いていると思う。

初めて試合に出て暫く後、同じクララブの人に
「あんたなんかすいぶるクラブの恥だ!
 私はあんたみたいな人には試合に出て欲しくない」
と、皆の前で言われて何年経ったろう…?

言った人はどんな練習内容でどうとかは書かないが、
「私は思ったことは言わないと気が済まない。
 でも、私は何を言っても腹にはないから。」と仰る。

そんな理屈はどこにもない。
確かに私は傷つき、以来「もう恥だと思っていない」と撤回されたこともないから、今もそう思い続けていらっしゃるのだろう。

これはクラブの恥を晒すと言うことではなく、世の中にはいろんな人がいると言うことだ。
主催者が取り巻きだけを集めて作ったようなクラブではないので、いろんな人が居る。
驚くほど上手いのに試合には出ない人、年齢を重ねても地道に練習を重ねる人、たまにしか来ないのにちゃんと技が出来てしまうと言う羨ましい人。

いろんな人が居て、それを全て認めあう。
大人のクラブとはそういうものなのだと思う。
しかし名誉の回復もされないままの私が、嫌な思いを引き摺ったまま練習しているのだ。
試合で良い成績を収めようと、スポレクなどでどんなに楽しい思いをしようと、この呪縛に縛られ続けている。

今年はすいぶるクラブの役員だから、最後の鍵締め、ゲートや三角コーンの始末もして帰るけど、来年はどうしようかな…?
夫が退職するだろうし、ちょうど考え時でしょうか?


実は、英語の迷惑メールが多くて、その処理も困っていました。
そんなこんなで、ブログはしばらく休止しようと思います。
MIXIもあることだしね、誰が読んでるかわかるのは安心ですし。

読み逃げの皆様、しばしのお別れで御座います。

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崖からまっさかさま?

ほんの数日前、凄い夢を見た。

高いところのきわどい道を夫と車で移動中、踏み外してまっさかさまに落ちた!!!

ほんの数秒のことだが、さすがトランポリンで鍛えた私は
「体はシートベルトで固定されるから、首だけでも力を入れて衝撃に耐えよう!」
と力んで、夫婦揃って無事だった…と言う、よぉ〜く考えると恐ろしい夢。

その直後は、なんとも思わなかったが、昨日夫と今年初の山菜取りに行ってその光景がよみがえった。

まだ時期が早いのかあまり収穫もなく、昔よく子供たちも連れて来た医王山の方をついでに走っていた。
夕霧峠まで行って折り返しなのだが、頂上付近は土砂崩れのようになっている山からの雪があり、路肩に迫っている。
狭くなってしまった道路を、ハラハラしながら通る。
舗装部分からはみ出さないと、通れない。
誰かがはまった後がある…ここでぬかるみにはまったら、もうどうにもならない。

やっと通り抜けたが、すぐ広い場所を見つけてUターンしなければならない。
こんなときに限って何を思ったか夫は崖側にお尻を向けて車を切り返す。
…なんで?

お互い、私の夢の話が頭をよぎった。

まあ、ここでPCに向かっているのだから結局無事に帰ってきたのですが、数年前にも富山から帰るときに雪解けのとんでもない道に入り込み、引き返すに返せない状況になって命からがら(大げさな!)帰った記憶があります。

みなさん、春先の山道は気をつけましょう。


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ややこしや〜

年度初めの著類がどっさりで、MIXIやる気ナッシング〜 。
明日には片付けて、連休に突入すべく頑張りたい。

現在は3箇所指導に出て、2箇所の面倒を見ている(登録やら指導員振り分けなど)うえに、すいぶるクラブの役員だから大変だ!


おまけに県協会も市協会も、何とかしてお金を搾取しようとかかってくるから、なおさらややこしくなってしまう。

私で言うとまず金沢市の登録として1千円払う。

さらに市の常任理事であるばかりに何故か2千円を要求される。

選手としては日本協会に全国登録として5千円を支払っているのに、さらに県に8百円支払わなければならない。

普及指導員として、これも日本協会に5千円支払っているが、市に1千円払わなければならない。

これ以外にも日本協会には3級審判やシャトル審判で支払いをしているが、将来はこれにも支払えなんて言われたら大変だ!

しかし、数年前まではこんな複雑にお金を取る仕組みではなかった。
(ってか、そんなに搾取されることはなかったように思う)

机の上に書類を並べて、なんだか分からなくなってしまいそうで怪しい私なのであります。

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死刑と君が代

光市の「母子殺人事件」の死刑判決が出ましたね。

我が家では死刑と君が代問題になると夫がムキになるので掘り下げて話はしませんが、私が殺されたあの若いお母さんだったら、死刑賛成と言うわけではないけれど、あそこまで毅然とやり抜く夫を嬉しく思います。

夫は死刑には反対なんだけど、かと言ってあいまいな無期懲役では納得できない場合だってあるでしょう?
私は昔の「シベリア抑留」みたいな罰があれば良いのに…と思ったりしてます。
まあ、それがないから終身刑の実施ですかね。

…と、法律に詳しくないからあまり語らないでおきますが…。

君が代もなんだかんだ言われても、何かで日本代表になって優勝したら、そのメインポールに日の丸が揚がって君が代が流れたら嬉しい。

…まず日本代表には絶対ならないですが…。

そんなに君が代が気に食わないなら、代わりの歌を持って来い!と思うのですが、誰もその準備はないようですね。

じゃあ「さくら さくら」でも…と思っても、この代表的な日本の歌を正しい歌詞で歌える人はあまり居ない。
子供が小さい頃童謡のカセットを買って聴いてみて、昔と歌詞が変えてあるのに驚いた。
それ以外にも「どこかで春が」なんかも東風がそよ風になっていた。

表彰式で「自分は認めてないから君が代を流さないでくれ!」
と言う選手が居たら驚くだろうね。

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攣った!

結婚して25年ですが、いまだに夫に起こされている毎日。

今朝も普通に起こされのに、突然右くらはぎが攣った!!!
かかとを伸ばせば(いわゆるトランポリンの下駄状態)良いのに、思いっきり美しい空中姿勢をするようにつま先を伸ばしてしまったら…

『痛い!!!!!!!!!!』

そのまま肉離れになってしまいました。

先日腱鞘炎で左肘の治療に行ってきたばかりなのに、今日は足を引き摺って花園接骨院へ…。

今日は患者さんも少なく、のんびりマッサージをしていただきました。
490円でここまで幸せになれる…最高です、花園接骨院♪

しかし足がすぐ治るわけではないので、2,3日はちょっと不自由な思いをするんでしょうなあ。

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結婚式に思う

結婚式に初めて参列したのは21歳のとき。
平安閣がごく当たり前の時代でした。

その後平安閣での結婚式が2度も続き、新鮮味もなくなってしまった。
ここでは自分の結婚式はしまいと、心に誓う。

教会での式は、広坂のカトリック教会は子供たちの通った幼稚園でもあったので馴染み深いが、やはり一番荘厳であると思う。

で、自分のときはどこも空いていなくて、唯一空いていた厚生年金会館は、ちょうど夫が望んでいた式場でした。
ここは打ち合わせの段階で担当者と意見が合わず、私たちはかなり不満を抱いていたのでした。

最近は新郎新婦の意見を取り入れて式が運びますが、当時はまだ変わったことはさせてもらえない不自由さがあったのです。

空いていた時間は式が5時から、披露宴は7時からエンドレス…最後の式なので延長料金は要りませんと言われたので、飲兵衛の土建屋が多い披露宴はただの宴会と化して行ったのでした。


その後モリス教会も行ったし、ハワイの結婚式も経験した。
昨日は息子が玄関部分をアルバイトで土方工事したララシャンスに行った。

我が家の子供たちは、相手は居ないけど結婚式はどうするんでしょうねえ?
ただいま私の夢は、ラスベガスのベラッジオの噴水前での挙式です。
見たことのない人には説明できませんが、素晴らしい噴水があって、誓いのキスの後に噴水が上がる仕組みになっているのです。
たまたま家族全員で唯一行った海外旅行がラスベガスで、その噴水が素晴らしかったので、まあ若い女性がハワイの結婚式にあこがれるような感じでしょうか?

実は最近「神も仏も信じていない者は、別に結婚式などしなくても良いじゃん」と思っているのですが、やっぱりこのイベントは素敵なので切り離して考えられないですね。

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久々に結婚式 4

ウェルカムパ−ティーの残飯整理をしていたら、ちょうど前菜を食べた感じになったので、メインディっシュを食べに移動する。

不思議なことに、アレンテにはたっちーが居るだけで落ち着く。
チャペルでも最後に来たのだが、彼の顔を見てほっとした…と言うか、
「私たちはアレンテの仲間で来ているのだ」と言う気持ちが沸く。

バブルシャワーのときも子供のようにシャボン玉を作る。
その姿は本当に天真爛漫な少年のようだ。

その彼が今度は来月に結婚するのだが、突然聞いた話なので「ママ」と呼ばれた私はちょっと複雑な気持ちであった。
急に息子が「結婚する!」と知らない女の子を連れてきたら、こんな気持ちになるのかもしれない。

で、彼の結婚式の様式を聞いたら
「そりゃあ七五三!」というから神式なのだが、小柄な彼が自ら七五三と言うのがおかしい。
さらに
「額に日本一とか書いたハチマキしたら、桃太郎だ!」と言う。
本当だ…のぼり旗など作って贈呈したくなってしまうじゃないか。

結婚式のラッシュとは、目出度くて良い。
ちょっと出費はかさむが、楽しみなことだ。

食事をして帰る車の中で、また新たな話を聞いて驚いた。
実はえみちゃんばかりか、あさみちゃんまでもがたっちーと娘が付き合っていると思っていたのだと!

あらららら…先日はミホちゃんたちのお祝いを買いにモツオ君とデートしてたしね…彼女が居る人ばかりと出歩いてないで、本当の彼氏を作ってくださいな。

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久々に結婚式 3

新郎の姉はみっちょ。
会場で会ったら、想像していた通り素敵だった。

およそ170センチのスレンダーボディに黒留袖、髪をアップにした姿は
まさしく『みっちょ姐さん』で、これが紫の着物にドスを構えれば仁侠映画のヒロインである。
でも、帯の締め具合が気になって、あとでご馳走が食べられるか心配してました。

DANNAみっちょは礼服に着替えていた。
スーツ姿は初めて見たけど、違和感なし。
ビールはまだお預けです。

新婦の妹で、6年間私の生徒だったふみちゃんは、中学生になったばかりなので真新しいセーラー服で来ていた。
これがあと1年経っていたら、ドレスでも借りてもらわないと制服はすぐにいたみます。
タイミングが良かったのか悪かったのか…?


新しい結婚式場に経験のない式の進行で、新郎新婦と一緒に写真を撮るチャンスを逃したのが残念だった。
式の後に「ウェルカムパーティー」と称して飲み物とオードブルが用意されていたが、新郎新婦はここに現れてもすぐに披露宴に移動し、同時に御呼ばれしていた人たちも行ってしまったので、私たちアレンテのメンバーだけがそこに残された。

誰も居ないので「臨時総会?」とか言いながら、残ったオードブルに初めて手をつけた。
チーズもケーキーも美味しかったです。

私が新郎新婦の母となり、黒留袖を着て飛び回る日はいつになるにでしょうか?

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久々に結婚式 2

披露宴に呼ばれた方の着席表を見たとき、新婦のお父様の会社の社長さんが招待されていた。

実はよぉ〜く知った人で、いいオッサンを摑まえて
「トモさん!」などと馴れ馴れしい呼び方で話せる間柄である。

あまりに古い知り合いで、仕事関係でいつの間にか夫もゴルフで一緒になるやら、ハワイには一緒に行くやら。
だってぇ…25年前は私が勤める会社の下請けさんだったのだもん。

それより、結婚式に父親の上司を呼ぶと言う風習が昔からちょっと分からなかった私。
私の場合父が亡くなって結婚したが、それ以前に父は自営業で仕事関係の人を結婚式に呼ぶなど有り得なかった。
夫の方も父親はかなり以前に亡くなっていたし、それにしたって退職して長すぎる。

時代はかなり進んだが、この風習がまだあったのにちょっと驚いた。
新しい式場の、若いカップルの結婚式だが、古き日本が生きてるなぁ〜と思った瞬間でした。
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久々に結婚式 1

昨日はTCアレンテのミホちゃん&たぁ坊の結婚式でした。

この二人と言えば、昨年5月の県スポレク祭の野々市でべたべたして
「なに、あれ?」と言われ、
さらに全国スポレク祭の青森でいちゃいちゃして
「あの石川の1番2番って…」と有名になった方々であります。

そこまで熱々の二人ですが、元を辿れば私がミホちゃんを引っ張ってきたわけで、考えてみれば私の存在なしにこの結婚は有り得なかったわけです。
(…なんて大げさな言い方して!)

さて、最近は教会での挙式が多く、結婚式場も工夫を凝らしたチャペルが続々と現れだしました。
今回のララシャンスも「教会」と言うより「結婚式場」の感を強烈に受けました。

TCアレンテのメンバーは披露宴は招待されていませんが、私を含め7人がチャペルの式に駆けつけました。

どうも「最近の結婚式は…」と疑問に思う私は、去年のハワイの結婚式に引き続き、冷静に「結婚式場ウォッチング」をしておりました。

珍しい夜の結婚式…祭壇はステンドグラスでもなく、十字架でもなく、ガラス張りの壁の向こうに滝が流れ落ちる仕組み。
牧師様は黒人の方でした。
これも珍しい。

一番素敵な演出は、誓いのキスを終えて二人を向かい合わせに手を取らせ、牧師様が両手を天にかざすと天子の羽目が落ちてくる…というもの。

もともと美人でスタイルの良いミホちゃんと、ちょうどつりあう身長のたぁ坊だ…衣装だけでも絵になるのに、素敵な演出をされちゃあ参ってしまう。

娘は初めて「結婚式も良いかも…?」と思ったそうだ。

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愛してたのね!?

すいぶるクラブメンバーのハンドルネームは、飼い犬の名前が多いです。
シェイクさんもその一人です。

彼女は昨年暮れに犬が死んで、ご主人が亡くなったときより落ち込んでいました。
先日も「携帯がボロボロなんだけど、犬の歯型が残っているから思い出なので…」なんて言っていました。

彼女がよく
「(夫は)あの世で再婚しているだろう」と言ってたのが印象的でした。
先日、その話を母にすると、母も面白いことを言い出しました。

母は53歳のとき、夫を(つまり私の父ですな)56歳でなくしており、未亡人生活は年季が入っております。
父の死後何年も経って、ある日父が母の夢に出てきて
「わし、彼女できたよ〜!」と言ったのです。

母は思わず父が座っている座布団を引っ張ると、すってんころりんと父がひっくり返り、後ろにすっ飛んでいったのだとか。

そこで夢は覚めて、
「あら 良かったじゃない! と言えば良かったのに、夢の中とは言えなんということをしたんでしょう。」
としみじみ語る母。

私はこの話を聞いて笑い転げたのですが、なんだかんだ言って
「お母さん、あんたそこまでお父さんを愛してたのね!?」
と、改めて思ったのであります。

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すいぶる詣で

日本各地から我等が「すいぶるクラブ」の練習に来る人は多いけど、当然石川県内からの訪問者も多いです。

TCアレンテでは、ろんさんがまだ松任であにまるクラブだった頃からちょいちょい顔を出していました。

去年はミキティが何回か来て、F先生から本当に美人で色っぽい子だねぇ〜と言われておりました。
そのままこっちに入会すれば良いのにと思ったのだけど、彼女は3月にお国に帰っちゃいました。

そして結婚退職して時間の出来たミホちゃんがよく来るようになって、先日バラニーで失敗してくるぶしを怪我してしまいました。
私は居ない日だったんですが、残念なことです。

その後、りんくんもちょっと顔を出しました。
夕日寺に行ってから、とうとうDANNAみっちょまでが参戦!
彼は月曜日が休みなので、このまま行ったらアレンテより頻度が高くなるかも?
四つんばい前宙は、時間の問題です。
りんくんも前宙が出来るようになって来たし、さすがF先生です。

オバサンばっかりのところにどうだか…と思わず来てくれるのがうれしいですね。
あそこは管理者も居ないし、男性が居てくれることはちょっと心強いです。


さて、今度が誰がすいぶる詣でに来られますことやら?

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ここ数日、お疲れでした

最近お疲れ気味で、日記もお休みでした。
F先生も
「ユーロで練習するようになってから、夜の指導で疲れる。」
と仰るほど、新品のユーロは上がらない…。

毎日
「私ってこんなに下手やったっけ?」
と言いながら、へとへとになって練習している。

おまけに本当にあの体育館は雨漏りがする!


この時期、私は指導が少ないので何とかなるけれど、5月に入ったら体が持つんでしょうか?


さて、ここ数日は娘が一緒に金沢支店に入った同期の一人が転勤になり、毎日が送別会(支店、部、課、同期とかで日々執り行われる)で帰りが遅かったり、たっちーの突然の結婚報告にびっくりさせられたりして、なかなか忙しい日々でした。

日曜日、私は普及委員連絡会とか指導者研修会で疲れはピークでしたが、結婚発表後初めて顔を出すたっちーのつるし上げ現場に居合わせたく、用もないのにアレンテに赴いたわけでした。

じわじわと包囲網を小さくして、ちくちく聞き出す…。
しかしかなり以前に決まっていたみたいで、本当に人が悪い。
私は『二股っちー(ふたまたっちー)』と言う名誉ある称号をこっそり授与した。
けっこう受けました
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激震の一日

昨日の朝MIXIを開いて、いつもあまりコミュの方まで見ていなかったのでちょいと下の方を見てみたら…

「結婚します」

と言うトピックがありました。
私はこの時期だから、てっきりたぁ坊&ミホちゃんの新婚旅行帰りの宴会の案内と思い込んで、一度画面を通り過ぎてから「!?」と思い、もう一度確認した。

あ…た、たっちーだ!!!

何?
それも来月???
えええ?????
ちょうど1ヶ月じゃん!!!!!


娘は昼休みまで携帯を見れないが、すぐMIXIを見るようメールをした。

娘が帰宅すると、(それも仕事で8時過ぎでないと帰らないのに)夕食の準備も整わないうちから
「一体どぉ〜なっとれんれえぇ〜!?」(金沢弁)と、盛り上がる母娘。

娘なんかここしばらくは歓送迎会続きで「ウコンの力」がお友達で、慢性寝不足状態だったのが、数日振りに目が覚めたという。
(じゃあ今まで眠りながら仕事してたんか?)

MIXIもHPも見てなさそうなクラブ員にメールしたり電話したり、夜が更けるまで大騒ぎだった。
そうでなくても先月彼が誰と韓国に行ったのか、まだその話題が収まっていなかったのだ。
その上娘は会社の先輩の結婚が2つあるので、合計4つの結婚式が続く…結婚ラッシュだ。


実は以前268から「娘とたっちーは良い感じに見える」と言われて(絶対それはないのだが)、どう見えるのか観察してみたことがあった。

あとで判ったことなのだが、最近クラブの仲間になったえみちゃんも娘とたっちーは付き合ってると思い込んでいたと言う。

今回、それもビックリのひとつだった。

たしかに娘が彼と話す様子は良い感じだが、私たちは彼が大変頭が良く、また頼りになりクラブにはなくてはならない存在なので、その信頼関係から打ち解けて話していたのだ。
ましてや彼は父親…つまり私の夫と性格が似ているので、話はし易かったらしい。
それが付き合っているのに見えたか…。


しかし、私たちを結婚式の二次会に呼ぶなんて、何て勇気のある行為!
私も娘も、何を言うか分からんのに…おっそろしい!

いや、言っちゃイケナイこともあるのだ、目出度い席だ。
口止め料は弾んでもらうぜ、たっちーさん。

って、彼はここ読んでは居ないと思うけど…。


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金沢に到着する

ばば連れ旅行記 その16

上越ではくたかに乗り換える。
ここでは何故か乗客が走るので、一番気をつけなければいけない。
以前、ここの下りエスカレーターで将棋倒しが起きて、もうちょっとで子供ともども巻き込まれるところだった。

私たちが乗ってきたマックスときは接続がなかったらしく、余裕で乗車できて、のんびりお弁当を食べることも出来た。
出発までには満席になっていたが…。

ところでこの少し前に埼玉で震度4の地震があったらしく、新幹線は一助停止したと言う。
私たちがさっき通り過ぎてきた場所らしい。
私は息子のメールからこれを知った。

実は上越地震のときもたまたま東京に行ってて、数時間前通ってきた新幹線が、脱線していたのだ。
慣れない東京で余震に怯えながら、夜中までカラオケに興じていたのでした。
東京の人は、あれくらいの地震はなんともないのね。

途中で席が空いたら一人でゆったりかけて眠りながら、あっという間に金沢に到着した。
22時27分。
実家の家族は誰一人迎えには来ない。
母をタクシーに乗せると、運転手さんは親切にキャリーケースを運んでくれた。
安心して任せて私はバスに乗った。

歓送迎会シーズンの夜だ、バスは昼以上に満員だ(汗)。
私の「80歳母&50歳娘の静岡・東京の旅」はこれで終了した。

その頃我が家の娘も宴たけなわってとこだったんでしょうか?
帰ってきたのは翌朝のとんでもない時間で御座いました。

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最後の階段地獄

 ばば連れ旅行記 その15

さあ、お土産は買った。
次は夕食だ!

食べてる時間はないので、お弁当を買う。
最近は駅弁もカラフルだ。

実は今回私は腕時計をして来なかった。
携帯を時計代わりにしていたら、どれも電池が切れていたのだ。
しかし都会の電車は待たずに来るし、帰りの新幹線も
「ちょうど来たやつに乗れば良い」くらいに思っていた。

お弁当やらお土産やら、キャリーケースや鞄の他に袋をぶらぶら下げて例のややこしい切符を見せに駅員の居る改札口へ行くと
「今ならマックスときに乗れますよ」と言われて、出発までに何分あるか確認せずに飛び乗った。
指定席の車両だったが、まあゆっくり自由席まで行けば良いと思っていたら、最後にまた大変な階段地獄に陥った。

「マックスとき」は2階建てなのだ!
私は2人分の荷物を片手で持ち上げ、狭い階段を上ったり降りたり…母も最期に荷物が増えたのにひょっこりひょっこり階段を昇ったり降りたり…。
それでも自由席にたどり着き、安住の地を得てほっとしたのもつかの間、二人分まとめていた荷物を広げて別々にする作業が残っていた。

かなり時間を掛けて、大騒ぎしながらの荷造り…周りの皆様にはご迷惑を掛けたと思います。

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ひよこ論争

 ばば連れ旅行記 その14

旅のはじめから、途中でお土産を買いたくなっても荷物になるから買わないように母と言っていた。
(あ、私はピングーグッズを買い込みましたが…W)

母は友達にはすぐに会えない場合もあるから、日持ちのするせんべいを買うのだと言っていた。
軽いし、それは良いのだが母は『ひよこせんべい』を買うのだと言う。

ちょっと待った!
『ひよこ』と言えば饅頭でしょう!?
しかし母は断じて「せんべい」だと言い張るし、東京の名物だと言ってもらって食べたことがあるとも言う。

「もしかして、それってちょっと分厚くない?
 でもって、クッキーみたいな感じで、本当ははとじゃないのお?」と私。

はとサブレ⇒はとせんべい⇒ ひよこせんべい

と、サブレという横文字に馴染まない年寄りが勝手にせんべいに仕立て上げてしまったのではないか?
そしてはとがひよこに化ける…。
とんだ「サ行変格活用」だ。

さあ、東京駅に着いた。
もうラッシュの時間帯だ。
人の波を横切って、目の前にあるお土産コーナーに突撃する。

先日ナンシーから貰ってとても気に入った『ごまたまご』には行列が出来ている。
その裏側に『ひよこ』の売り場があった。
私は勝ち誇ったようにケースを覗きこむと…な、なんと『ひよこサブレ』が並んでいるではないか!!!

「ほら、あったじゃない」みたいな顔で居る母に、
「それでもせんべいじゃないでしょ?」と言い、更に店員さんに
「こんなもの、いつからありました?」と聞いたら、饅頭と同じくらいからあったと言う。
「じゃあはとサブレとどっちが古い?」と、むきになって聞いたら
「そっちの方が古いと思います」と言われて、ちょっとほっとした。

しかしこの母娘のやりとりで、店員さんをかなり楽しませてしまった。
彼女たちは「田舎者の変なお客さんが来たよね〜!」って話題にしているだろう。

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寅さん記念館

 ばば連れ旅行記 その13

帝釈天からの帰り道、私は「寅さん記念館」があるのを思い出した。

もう時間が気になるし、更に少し歩かなくてはならなかったし、それにもましてどの地図を見ても納得のいく書き方をしていない。

「今歩いた倍以上歩くんだけど」と念を押したが、母は行きたいという。
帝釈天に戻って、看板の矢印どおり小路を左に曲がって右に曲がってを繰り返す。
他の観光客は皆私たちを追い越していく。
帰りの電車が心配だし、母は遅いし…さっき買ったお団子が重そうなのでそれも持ち、やっとのことで到着した。

私はこの手の記念館とかに期待はしていなかったが、以外にもまず入場料金が安かった。
さらに65歳以上は50円安い。

期待していなかった分、逆に面白かった。
時間があったら。もっとゆっくり遊んで行きたい場所だった。
何よりも古き柴又の街を再現した模型が面白い。
2階建てで私の胸の辺りだから、ドールハウスほどのミニチュアでもなく、自分が小さな怪獣になったくらいに感じる大きさだ。

ここを携帯の動画で撮影して、帰りの電車で母に見せてやった。
こういう使い方は楽しい上に、とっても得をした気分になるのは私だけ?

帰りの駅までの徒歩10分くらいの距離を、もうどうにもならなくてタクシーを呼んだ。
基本料金の場所に300円上乗せだが、そんなことを言ってはいられない。
これ以上歩かせられない。

そしてまた京成電鉄を乗り継いで日暮里まで戻り、山手線で東京駅に戻る。

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最悪なみくじ

 ばば連れ旅行記 その12

帝釈天の本道でお参りをしていたら、急におみくじを引きたくなった。
後ろで音がしたので思い立ったのだがだが、ここのは6角だか8角の筒に入ったのをガシャガシャやって1本取り出すやつだ。
普段ならお正月しかおみくじは引かないのに、音を聞いてついつい行ってしまったのだ。

「八十二番」

ごそごそと引き出しの82を捜す。
見つけてちょっと引いたら「凶」の文字が見える。
え?28の間違いだったかな?と思いもう一度確かめると、やはり82番は「凶」なのだ。

しかし「吉」でも内容が最悪なのを引いたこともあるし、これだって中身次第よね…と思って読んでみると
 病    重し
 待ち人  来たらず
とか、相場、勉学、旅行、全てにおいて×なのだ。
こんなにひどい内容のおみくじは、かつて出会ったことがない。
「うわあぁ〜〜最悪なお御籤やあ!」と、寺務所に居たお坊さんにわざと聞こえるように言った。

最近不幸続きで有名になってしまったが、私もここまでか???

と思ったが、これで最悪ならばなんともない。
私は人生でもっとひどい時期を過ごしてきたから、この最悪からのスタートだったら何も怖くはない。
あまりにひどい内容だったので写メに撮りたいほどだったが、いつまでも引き摺ると嫌なので一番良さげな場所を選んで結んできた。

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柴又帝釈天

 ばば連れ旅行記 その11

柴又に着いた頃には、もうとっくにお昼を過ぎていた。
おなかがすいて我慢が出来ないわけじゃないけど、夕食の時間も考えてここで何か食べないといけない。

帝釈天に続く商店街で、第1作から4作目まで撮影したと言う「とらや」は食堂もしていたので入ることにした。

寅さんを意識したわけではなかったが、撮影当時の階段だけ残っているので、それだけを見に来ている人も居た。
別に階段だけなら…と私は思うのだが、一応母をそこに立たせて写真を撮った。

店の前ではお団子を売っているのだが、中は普通に食券を買う食堂で、なんとなく天ぷらそばを注文したが、関東特有のお醤油に浸かったようなおそば…やっぱり麺類は関東関西の差が大きすぎる。

正直おそばはたいしたことなかったが、お土産に買ったお団子は最高に美味しかった。
夫がかなりの量を食べてしまい、息子は1個しか口に入らなかったと文句を言っていた。

帝釈天参道は巣鴨のような混雑はないが、道幅が狭いので平日とは言え普通の観光地の賑わいだった。
ここもおせんべいやお団子が売られている。
軒が低く、小さなお店の集まりは楽しい。
巣鴨との違いはおばあちゃんの服専門のお店がないことだね〜。

さて、あっという間に帝釈天の題教寺に到着。
立派な山門は「二天門」と言うらしい。
これを潜って境内に入る。
手前にある竜神さんなどをお参りして、本道に入る。
ここでもキャリーケースをどうして良いか、なかなか困ったものだった。
これからは2人分の荷物をリュックに背負わなければ、ばあさんとの電車の旅行は出来ないと思った。

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柴又に行く

 ばば連れ旅行記 その10

お参りが終わっても商店街はずっと続いていたのでそぞろ歩きも良かったが、この混雑ではそんな優雅な雰囲気でもない。

時間と母の体力があったら実行しようと思っていた柴又へ行ってみることにした。

巣鴨駅に戻って今乗ってきた山手線を戻り、日暮里で降りる。
ここから京成電鉄に乗り、1回の乗り継ぎで到着するのだ。
切符を買おうとすると成田空港へ行くスカイライナーの券売機と並んでいてオタオタしていたら、ちゃんと案内係の女性が立っており客の一人一人に声を掛けている。
明らかに迷っている風の私にも声を掛ける。
ありがたく私の買いたい切符を言うと、すぐ券売機ではなく窓口で買うことを勧める。
そういった係員を配しているなど、やはり私鉄は違うなあ。
(いや、ここの売り場だけなのかな?)

また階段の試練を乗り越え柴又に到着した私たちを、駅前の広場で寅さんの銅像が迎えてくれた。

母は寅さんの映画が封切されるたびに観に行っていた。
53歳と言う若さでで未亡人になってしまい、一人で行くのは決まって寅さんの映画とお花見と犀川の花火だった。
思い起こせば父と母と3人で行った映画も寅さんだったような気がする。
当時私は小学生だったと思うが、それが父との最後の映画であった。

今では母は釣りバカを観に行っているようだ。

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刺抜き地蔵

 ばば連れ旅行記 その9

お寺に行くまでの道もごった返しているが、境内はまた別の意味で凄い。

左手に続く長〜い行列を横目に、まず本堂に向かった。
荷物を隅に置いて、人が多い中最前列の真ん中辺りを確保してお参りしていると、後ろから私を押しのける手がある。
押しのけて右側におばあちゃんが現れた(いや、誰もがおばあちゃんなんだが…)。
黒にラメの入った帽子が印象的だった。
押しのけられたがそろそろお参りも終わりだった私は場所を譲りたかったが、今度はその帽子のおばあちゃんのお参りが長くて身動きが出来ない。
ようやく頭を上げにかかったので、その前をひょいと通り抜けようと思ったら逆に私とぶつかってしまって
「あんたはなにをするんだ!」みたいな感じで大声で怒鳴り出した。

お互い気分が悪い。

そのまま先ほどの長い行列をついた。
「荒い観音」という観音様に長蛇の列がついていたのだ。
ここで自分の病んでいるところを洗うのだ。
当日、左ひじが痛かったし、右足首も調子が良くないし、もともと腎臓が悪い…全身撫でても良いくらいだな、私。

そこが終わって、なんかさっきの嫌な気分のまま帰りたくなかったので、もう一度本堂に行ってお参りのし直しをした。

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巣鴨に降り立つ

 ばば連れ旅行記 その8

巣鴨に着いたのは、もうお昼頃だった。

すぐ近くを流れる川に植えられた桜が満開で、前日の静岡の街も日本平も満開で、富士山はぱっとしなかったが桜だけはどこへ行っても良かった。
これで金沢に帰ったら、また花見が出来るのだ。

さて、巣鴨の刺抜き地蔵の縁日は4のつく日で、私は混雑する縁日は避けたかったのだが、母はせっかくだから縁日に行きたいと言うので実行した。
…やめときゃよかった…縁日…凄い人だ…ばあさんで。

「おばあちゃんの原宿」とはよく言ったものだ。
母と同じか、それより若いくらいのおばあちゃんであふれ返っている。

そう長い時間も居ないと思ってコインロッカーも探さずキャリーケースを引いて歩いたが、自分でも邪魔だが前も足元も見ずにぶつかってくる人が居る。
とにかくそれが気になって仕方がない。

まず「東京六地蔵」の一つとされる大きなお地蔵様があるお寺があって、そこで最初のお参りをする。

ここから地蔵通り商店街に入る。
どこも年寄り向けの洋服や話題の赤いぱんつが売っていたり、おせんべいや大福、とにかくいろんなものが売っていた。
これらを全部覗いていたら、ここで一日潰してしまう。


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こだまで東京に行く

 ばば連れ旅行記 その7

4月4日、チェックインすると焼津駅までの送迎バスは出た直後だった。
30分後のバスに乗り、ここから私は初めてだらけの旅が始まる。

焼津駅で、もう長い階段の洗礼を受けた。
エレベーターが何処か分からない。
まだ出発したばかりで母も元気だったので、時間がかかっても昇ってもらった。

静岡駅に着いて、またややこしい切符を駅員に見せているうちにひかりを乗り損ねてしまった。
仕方なく各駅停車のこだまに乗り込む。

前日しろくまこ☆から言われたように、富士山が見えたときのために左側席を確保。
しばらくして影は薄いが、昨日より確実に大きな富士山が見えた。

子供たちが幼稚園の頃、やはり母も一緒に東京に行ったのだが、その時は先に出張で東京に居た夫がホームまで迎えに来ていた。
ちょっと不安な私…。

不安は的中した。
新幹線を降りて突然人が多くなり、その流れに逆らったり横切るのはばあさん連れでは大変だ。
「さあ!」と手をつないだとたん静電気が起きた。
…もぉ〜 こんな時にぃ〜!

とうとう駅員を探し出し山手線に乗るのだが、山手線はJRであるので、途中下車扱いになるので料金は要らないと言われたが、どうもその理屈は今も理解できないままで居る。
私たちは乗り越し精算をしなければいけないはずだと思うのだが、何故か巣鴨までの往復は無料で行ったのだった。


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ある老夫婦

 ばば連れ旅行記 その6

私は試合とかスポレクの審判とかに行かない限り、人間らしい時間には就寝しない癖がついている。
前夜の寝不足もあり、いつもの夜更かしは出来ず、珍しく「今日中」に寝た。

おかげで駿河湾から上る朝日を拝んだ。
ずっとずっと昔、45年くらい前に熱海で掛け軸に書いてあるような真っ赤な日の出を両親と見たが、太平洋側から昇る朝日は人生2度目である。

日の丸が「赤」なのは、これを見ると納得がいく。


朝風呂に入り、その後の朝食はここも定番のバイキングだ。
イチゴやメロンのジュースがあって、それが美味しかった。
オムレツも目の前で焼いてもらった。

パンを選ぼうと思ったとき、昨日夕食帰りにエレベーターで一緒になった老夫婦が居た。
ご主人は背も高くてがっちりして、年齢は60歳後半から71,2歳?といった感じの立派なおじさまだ。
そして奥様と思われる方は、細くて小さくて、病気でもしているのかと思うような感じだ。
ご主人はエレベーターに乗るときも優しくエスコートして、奥様は黙ってついていた。

そして今朝はご主人が
「どれにする?」と、パンの前で奥様に問いかけると
「…柔らかいの…」と、か細い声で答える。
「ああ、これなら柔らかい」と、パンを選んで全て自分が持つ。
その姿に圧倒された。

母もその夫婦には気がついていたらしく、あまりの優しいご主人に私たちはぶったまげていた。

もともと優しい人なのだろうけど、ここまで優しくするなんて我が家だったら何かの罪滅ぼしでないと起こり得ませんですなあ。

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お風呂にて

 ばば連れ旅行記 その5

しろくまこ☆が帰って、私たちはのんびり夕食をいただいて、その後温泉に入る。

源泉かけ流しの温泉で、目に入ったらちょっと痛かったのは塩分が濃いのかな?
流れ出ているお湯を手にとって舐めてみたら、しょっぱくて苦かった。
なんか、効き目ありそうな感じです。

大浴場には浴槽が2つあって、外には露天風呂がある。
私たちは帰るまでに3回入った。

最初に入ったときだったろうか?
幼稚園児らしき男女の子供を連れた人が入ってきた。
母子らしい。

私は体を洗いながら鏡に映る後ろの様子を見ると、どうもその子供がバタ足をして、ついでに潜っている様だ。
「こりゃ困ったな…」と思い、またしばらくするとバシャンと音がする。
もう一度鏡を覗き込むと、今度は女の子が助走をつけてお尻から飛び込んだ。

「こら〜〜〜〜っ! だめっ!!!」と、私は反射的に大声で言った。

(普段から子供を叱るのには慣れているので、何の躊躇もなく言葉が出てしまった)

先に男の子方が飛び込んだらしく、女の子は何で自分だけ叱られるんだと不満げに私の方をチラチラ見ていたが、その後入浴客はもっと多くなり飛び込むどころではなくなっていた。

しかしあの子供たちの母親は何してたんだ!?
鏡では子供の姿しか見えなかったが、帰り際、3人並んで鏡に向かって体を洗う姿は見えた。
あの年頃の子供のお母さんならまだ30歳代か…?
私はその年代でも、そんな常識は持ち合わせていたと思うぞ。


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駿河湾オーシャンビュー

 ばば連れ旅行記 その4

焼津グランドホテルに到着。

この時間になると、しろくまこ☆が怖くなったのか、恐る恐る富士山が姿を現し始めた。
さすがねぇ〜よしみ姐さん!

さて、このホテルには申し込みのとき
「80歳のもう先のない母が、是非富士山の見える温泉に泊まりたいと言うので、絶対見える部屋に入れろ」と、半ば脅しのように言っておいたので、最上階(10階)の角部屋で、4つも部屋があるところだった。
部屋に入って、その広さに
「浜松のARAサンも呼んで宴会しようか?」としろくまこ☆、
「家に帰ってA子ちゃんとJ奈ちゃんも連れておいでよ」と私。

4人がけの応接セットの向こうには、波一つない駿河湾。
正真正銘のオーシャンビューだ。

もう一つの部屋の窓から身を乗り出すと、ここから富士山が見えた。
つぎにトイレを見て「ここで盆踊りが出来るよ〜♪」と、またしろくまこ☆の声。

洗面所も洗面台は二つ。
これは助かる。

母も今まで婆さんの団体で数え切れないほど温泉に泊まったが、こんなに広い部屋を2人で使うなんて初めてだと言う。
また高砂大学(金沢市公営の年寄り専門の巨大カルチャースクール)の仲間に
「凄い部屋に泊まったよ!」と、しばらくは話題が尽きないだろう。

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日本平

ばば連れ旅行記 その3

「ピングー展」を出てから、お嬢さん方とは別れてお昼をご馳走になった。
母は糖尿病があるが、一応外では何でも食べていた。

その後デリカは『しろくま観光タクシー』と化して、日本平や、海岸沿いに走ってホテルのある焼津まで行き、おさかなセンターなどを案内してくれた。

実は「富士山が見たい!」といっていた母のリクエストがあったのだが、私たちが来る前日、前々日には素晴らしい富士山が見えたそうだ。
そうだ…金沢で雨が降り、あられが降り、雷が鳴ってた日だ。

日本平でうっすらと見えるだけで、地元民のしろくまこ☆が居なかったらそのシルエットさえも見つけられないで行ってしまっただろう。
「ちょうどここにあるのよ!」
と言う手の中に、うっすらと山頂が見えるのでした。

「こりゃあ一緒に(雲を)ふぅ〜ふぅ〜しましょ!」と言いながらおっきいオバサンとちっちゃいおばさんは頑張ったが、かすんだ空は晴れない。

せっかく来たのに見えないのが悪くて…って、彼女のせいじゃないんだけどとても残念がって「あとできつく言って置きます!」と言う感じで日本平を出た。
その脅しは、さすがの日本一の富士山もびびったようで、後で姿を現すのでした。

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何故か「ピングー展」

ばば連れ旅行記 その2

静岡駅の改札の向こうにしろくまこ☆を発見したが、前の日記に書いたとおり
簡単に改札口は通してもらえない。
彼女を目の前にして、オタオタすることしばし…。

一緒にA子ちゃん、J奈ちゃんも来ていた。
2人とも若い娘さんらしく、そして暖かな静岡の軽やかな装いで居た。
母はホッカイロまで貼ってきていたのだ…この日の静岡は、金沢とは比べ物にならない。

だって出発の前々日にあられが降り、前夜には雨が降り雷が轟いていたのだ。


さて、実は私は「ピングー」に出てくるピングーの妹ピンガが大好きでして、それはMIXIのトップを見ればお分かりいただけると思います。
ただ、これのグッズが少なくて、かなりレアなわけです。

ちょうどこの期間に静岡のパルコで「ピングー展」があるとしろくま情報が入っていたので、母まで引き連れて行って参りました。
時間があればもっとゆっくりして居たかったのですが、ちょっと焦り気味で会場を回り、しかし出口のグッズ販売コーナーでは舞い上がってしまいました。

ピンガの縫いぐるみがあれば、絶対買っていたはずです!

しかしレアな存在なので、それでもめがねケース、めがね立て(リモコン立てにもなる)、MYネーム入りお財布を購入。
最近やっとめがねのお世話になるようになったので、めがねケースも無駄ではない。
良かったような、悪かったような…。

しかし一番驚いたのは母でしょう。
50歳にもなった娘が、幼稚園児がキティちゃんのお財布を買うように狂喜乱舞しているのですから。

やっと私の車のフロントガラスのところにペンギンが2匹並んでいるのが理解できたようです。

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周遊券と駅の階段

 ばば連れ旅行記 その1

昔はこういう切符があったのです。
最近この名前は聞かないけれど、夫が
「この方が安い!」と煩いので、金沢から東海道周りで行き、上越周りで帰る乗車券を買った。

ところがこれが珍しいのか、自動改札機が拒絶する。
各改札で、駅員の居る隅っこに行かなくてはならない。
若い駅員などは、切符を見るなり驚いて他の駅員に見せに行く。
ちっともスムーズに進まない。

おまけに母も足を悪くしてからめっきり歩く速度が遅くなってしまったので、軽く新幹線などのり遅れてしまった。

ここまで足の具合が悪いとは思って居なかった。
荷物は私が二人分持って歩いたが、母には階段を下りるなどとても怖い作業なのだと言う。
しかし日本の駅は階段を上ったり降りたりしなければ絶対電車には乗れない。
最近エレベーターやエスカレーターが設置されてきてはいるが、エスカレーターは昇りだけだったりする。
おまけに自分が電車から降りた場所からそれらにに行くまでには、人の流れに逆行しなければならない場合がある。

荷物を持ち、時間に追われてエレベーターを探し、人の流れに逆らって行くのは大変なことだった。
ちなみに今回、母は小さなキャリーケースを持ってきたので、私は自分の鞄をその上に乗せてて引いて歩いたが、当然階段は引いて歩けない。
乗り換えの時間がなくてエレベーターなど探す余裕がないときは、鞄を載せたキャリーを片手で持ち上げて行かなくてはならない。

今まで車椅子の人とか、海外旅行帰りの大きなトランクを持った人たちはどうしていたのだろうか?

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東京さ行っただ!

4月3日、4日と、ばあさん(母・80歳と1ヶ月)と一緒に静岡〜東京の旅に行って参りました。

以前の日記「東京さ行くだ!」でその準備編は書きましたが、本編になるととんでもない長編になるくらいハプニング・爆笑の2日間でした。

どう書くかは考え中で、とりあえずコースだけ報告。

3日 母を迎えに行き、一緒に金沢駅へ。
   米原・名古屋で乗り継いで静岡へ…しろくまこ☆と合流。
   何故かパルコの「ピングー展」を観てから昼食。
   日本平や焼津おさかなセンターなどを回ってホテルへ送って貰う。

4日 新幹線で東京へ。
   巣鴨の刺抜き地蔵から足を伸ばして寅さんの柴又へ行く。
   ときとはくたかを乗り継いで22時27分金沢着。  

今回は『しろくま印のよしみ観光タクシー』に大変お世話になりました。
ばあさんも大変感動して
「朗らかな人やね〜」
「親切な人やねえ〜」と、しろくまこ☆にはとても感謝しておりました。

友達が良いってことは、自分の娘も良いって思ってくださいな、母よ!

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他人を乗せる

昨日の美容院デビューから、今日は初めて他人を乗せての運転デビューの息子。

娘はしろこまこ☆んちのJ奈ちゃん以外は、他人はずっと乗せていなかった。
J奈ちゃんは他人と思わなかったのか、娘はずっと
「家族以外乗せたことはない」と言っていました。

息子は一人で運転し始めてまだ間がないから心配だったけど、とりあえず最初がなければ2度目もなく、慣れはしない…というわけで、息子の初のお客様はよそのお嬢様でした。
大事な娘さんに何かあったら…と、夫が居たら反対していたろうけど、そんな心配していたら何も進まない。

めでたく予定を終えて、ちゃんと家まで送り届けて帰って来た。

次は何デビューだ?

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その名は「〜尻」

「別にぃ〜」で世間を騒がせたエリカ様。

それはどうでも良いんだけど、「○尻」って名前が気になる。

息子の同級生にも「■尻君」が居て、転校生でもっていろいろ問題ありだったので、周りの男子はすぐ「ケツ!」と呼んだ。

幸いにも息子がそう呼ぶのを聞いた事がなかったので、彼が「ケツ」と呼ばれていたなどということは長い間知らなかった。

昨日は美容院で、その■尻君の話になった。
変わった名前なので、美容師さんもすぐ反応したのだ。

「継母」と言う言葉は懐かしいが、彼がそうだった。
そんなに珍しい話でもないが、下に妹弟ができたので、中学卒業とともに彼はすぐ家を出た。

そんな彼が成人式にただ一人、スーツがないからと言って普通の服装で出席した。
私たちは昔の少女マンガみたいに
「まあ、継母でスーツも買ってもらえないの?」と勝手に想像したが、真実は分からない。

美容師さんは母親側からの話しか聞いていないから
「先妻の子が何も言うことを聞かない」と言う話しか知らない。

彼が仕事を辞めて実家に戻ったら自分の部屋がなかったのは気の毒だが、遠くから見守るしかない。
正直面倒な子だなと思った時期もあったが、憎めない子だ。
先日彼とボウリングに行った中学の仲間は、皆「ケツ」などと呼ばないような子たちだったのも私には嬉しかった。

で、エリカ様は「〜尻」って名前で悩んだのかしら?

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年上の後輩

娘が短大を卒業して銀行に就職して3年目…やっと同級生たちが4年制の大学卒業して社会に出てきた。

去年自分の支店に入った1名きりの女子新人は当然年上。
今年の入社は女子が2名だけど、誕生日で言うと自分が一番誕生日が遅く、3年連続支店内最年少となりました。

そのうち1名は高校で留学、大学で留学して2歳年上。
そのお姉さまに2ヶ月間、事務仕事を教える担当になったのだとか。
教員資格を取るのに1ヶ月実習に行ったけど、その時は相手が中学生。
今度は年上、しかも高校は先輩にあたりまする。

3年目の春に思わぬ困難が!?


しかし期末や異動時期で連日歓送迎会で、22歳の若い娘が『ウコンの力』を持って出かける。
お酒が飲める人でないと、あの銀行(金沢支店限定)は勤まらないようです。

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美容院デビュー

息子が美容院デビューした。

「男の子も美容院!」と言うのは『電車男』を読んで最近はそうなのだと思ったくらいで、実は息子は今までの人生のほとんどを父親の散髪で済ましていた。

夫は器用なのではさみで刈り上げもしちゃうし、実際たまに行く床屋さんにも褒められるし、美容院でも感心された。

器用で日曜大工も得意だが、何故かプラモデルは作らなかったと言う。
そんな世代なんだけどね…貧しかったからかな?


いつもならそろそろ夫の床屋が始まる頃なのだが、今花粉症で調子が悪いので 「それ、今だ!」みたいな感じでイメージチェンジに踏み入ったのだ。

行った美容院は娘も私も行ってる美容院。
ここなら好きな事が言えるので、
「ついでに眉毛も揃えてやって!」とお願いした。

床屋さんと違って髭も剃らないし、シャンプーもしなかったら1900円で済んだ。
ちょっと髪を立ててみたりしがたが、なんかあんまり変わらないような…?


さっきTCアレンテの268君の日記を見たら、彼は坊主にしたみたい。
ただの坊主なら、うちに来りゃあ夫は喜んでするよ。
ただし車庫でするんで夏は蚊に刺される、冬は寒い…と過酷です。
ちょっとタイガーカット(いわゆる虎刈り)になっても、文句は言えないし…(汗)。

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